山岳ツアーで事故が発生した際に、ツアー参加者が気象要因などにより死の恐怖にさらされた場合、その死の恐怖に関する慰謝料請求は可能なのでしょうか。
ここでは、山岳スキーツアーの雪崩事故により、救助されるまでの間、死の恐怖にさらされた参加者が、主催者に対し損害賠償を求めた裁判例をみながら、山岳ツアー事故の損害賠償の範囲について解説します。
事故の概要
今回は、山岳スキーツアーで事故が発生し、参加者が障害を負った時に主催者が損害賠償義務を負う範囲についてみてみます。
ここでは、山岳スキールートにて主催された商業スキーツアーにおいて、雪崩に巻き込まれ、参加者および主催者関係者ら計24名のうち2名が死亡、7名が負傷した事故において、下腿の神経障害,左橈骨の変形障害,左下肢の短縮障害等の後遺障害を負ったツアー参加者が、ツアー主催者に対し、スキーツアー契約上の債務不履行、または不法行為に基づく損害賠償を求め提訴した裁判例(仙台地判平成30年10月18日)をみながら、損害賠償の範囲について解説します。
裁判所の損害賠償の認定
この事故の裁判では、過失(安全配慮義務違反)の成立に関しては争いはなく、損害の発生及び額が争点となりました。
裁判所は、
- 治療費
- 交通費
- 入院雑費
- 医師らへの謝礼
- 建物改造費
等を事故と相当因果関係のある損害と認めました。
しかし、原告が事故当時65歳を超えており、就労しておらず、就労する予定もなかったことから、休業損害および逸失利益については認めておりません。
この裁判では、原告の慰謝料も問題となっています。
入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料に関しましては、ツアー主催者が保険料を負担していた傷害保険の給付があったことから、その分が減額されたものの、一般的な金額が認定されています。
このあたりまでの損害賠償の金額の認定に関しましては、交通事故などの一般的な損害賠償請求事件とさほど変わりはないようです。
死の恐怖に関する慰謝料
この事故の特殊性は、山岳事故の損害賠償請求事件という点なのですが、この特殊性がこの事故の裁判で最も明白にあらわれたのは、「死の恐怖に関する慰謝料」の認定であると思われます。
公表されている事故調査報告書によりますと、事故は、山岳スキールート上、標高約900mの地点において午前11時頃に発生した雪崩に、ツアー参加者が巻き込まれたものです。
事故当時、現場付近は、気温-4.7°、風速33mの猛吹雪、視界20メートル以下、事故現場周辺の山頂付近の積雪は340cmという気象状況でした。
尚、遭難者である原告が救急搬送されたのは、16時20分頃とされています。
原告は、裁判において、
原告は,約4時間30分という長時間,本件事故の現場に放置され,死の恐怖にさらされた
仙台地判平成30年10月18日
ことを慰謝料請求の理由としています(尚、ほかにも慰謝料の理由を挙げていますがここでは省略します。)。
これに対し、被告は、
死亡の恐怖等に関する慰謝料は否認する
仙台地判平成30年10月18日
としています。
この点について裁判所は、
本件事故は・・・標高1000m程度の地点にて発生したものであり,同事故においては,原告を含めた合計24名が非常に速い速度で流れてきた雪崩に押し流しされ,2名が死亡し,1名が行方不明(ただし,後述するとおり,事故後の捜索により発見された。)となり,複数の者が重症を負ったこと,原告は,雪崩遭遇後,現場にいたガイドらにより掘り出され,左下腿骨骨折,左橈骨骨幹部骨折,第12胸椎圧迫骨折等の傷害を負った状態で,自ら動くこともできないまま雪面上に腰を下ろした状態で約4時間30分の間,本件事故の現場において救助を待たざるを得なかったことが認められる。このように,本件事故は雪深い冬の山岳という過酷な環境において発生した重大な事故であり,原告は重い傷害を負ったまま,寒さや更なる雪崩の発生等による生命の危険が生じていたと推認され,原告は雪崩に巻き込まれた恐怖のみならず救助されるまでの約4時間30分に渡り,死の恐怖に直面し続け,大きな精神的苦痛を受けていたものと認められる。このような精神的苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当
仙台地判平成30年10月18日
と認定しています。
ここでは、
- 雪山の標高900m程度の地点において
- 重傷を負い、自ら動くことができない状態で
- 厳寒下、更なる雪崩の発生の危険性など生命の危険のある状況の下
- 約4時間30分という長時間に渡り
死の恐怖に直面し続けたことを理由として、精神的苦痛に対する慰謝料を認定しています。
上記の気象状況下において、標高900m程度の場所で発生したスキーツアー事故の死の恐怖に対する慰謝料金額として、50万円が多いのか少ないのかは一概に判断することは出来ませんが(精神的な慰謝料の金額は、全体の損害賠償認定額の調整弁として用いられることもありますので、この慰謝料項目の金額を単体で評価し得るかは具体的事情によるように思われます。)、このような状況下での山岳事故においては、遭難時、遭難後の事情によっては、死亡の恐怖等に関する慰謝料が認定され得ることがわかります。