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先行する降格処分と同一理由による退職金不支給での懲戒解雇の問題点
降格処分となった行為を理由とするAさんの退職金不支給の懲戒解雇
Aさんは、会社の倉庫にあったレア物の販促ツールをネットで売却し、その代金を自分の口座に入金してカードの決済に充ててしまいました。やがて、このことは、会社が知るところとなりました。
就業規則、その他の規程、前例からすると、懲戒解雇となっても仕方がないところではありましたが、会社の温情で、処分は、懲戒処分の降格に留まりました。
しかし、このことから、会社に居辛くなったこともあり、懲戒処分の2か月後に転職先を見つけて転職することとしました。
会社に退職を申し出たところ、社長が激怒したこともあり、懲戒解雇と退職金の不支給を言い渡されました。
Aさんは、販促ツールを売却して得た金銭は会社に弁済し、降格処分も受けていることから、今回の会社の処分は不当だと考えています。
Aさんは、会社に対して何かいえるのでしょうか。
同じ理由での2度の懲戒と退職金不支給が問題となります
Aさんの今回の処分は、販促物を勝手に持ち出したことを理由とした懲戒解雇処分であり、その懲戒処分に付随する処分として退職金を不支給としていると考えられます。
そうしますと、Aさんのケースでは、
①既に懲戒処分として降格しているのに同じ理由で懲戒解雇をなし得るのか
②懲戒解雇時に退職金を不支給とし得るのか
の2つの点が問題となりそうです。
同一理由での2回の懲戒処分は通常できません
下記のことから、同一理由で2回以上の懲戒処分をおこなうことは、一事不再理が妥当し、労働契約法15条により無効になると考えられています。
また、退職金全額を不支給とできるのは、相当重大な不信行為がある場合に限られると考えられています。
Aさんの場合は、2度目の懲戒解雇が無効になると考えられ、退職金不支給も許されないと考えられます。
同じ理由により2回目の懲戒処分はできるのでしょうか
懲戒処分について確認しておきます
懲戒処分とは、一般的には、従業員の企業秩序違反行為に対する制裁であるとされています。
会社が、このような懲戒処分をおこなえることの根拠は、
①会社の経営権の一内容として、本来的に企業秩序維持のために懲戒権を有していることである
②会社と従業員の間の労働契約により従業員が会社の懲戒権に同意していることである
とする2つの学説があり、判例は①に近い考えを採用しているとされています。
しかし、②に親和性のあることを理由とすることもあり、②も考慮して、具体的事案の妥当な結論を導いていると考えられます。
尚、懲戒解雇に関しては、下記のブログ記事で取り扱っていますので、ご参考にしていただければ幸いです。
懲戒処分も労働契約法15条により無効となり得ます
上記の②の根拠によればもちろん、①の根拠からも、懲戒処分も無制限におこなうことが出来るわけではないことはわかります。
懲戒処分に一定の限界があることは、労働契約法15条においても、
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
労働契約法15条
と規定されており、懲戒処分が、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、当該懲戒処分は無効となるとされています。
同じ理由での再度の懲戒は一事不再理が妥当して無効となり得ます
同じ理由で2回以上の懲戒処分をおこなうことに関しては、東京地決平成10年2月6日において、
懲戒処分は、使用者が労働者のした企業秩序違反行為に対してする一種の制裁罰であるから、一事不再理の法理は就業規則の懲戒条項にも該当し、過去にある懲戒処分の対象となった行為について重ねて懲戒することはできないし、過去に懲戒処分の対象となった行為について反省の態度が見受けられないことだけを理由として懲戒することもできない
東京地決平成10年2月6日
とされているように、一事不再理が妥当して許されないと考えられています。
そこで、同じ事情に対し2回以上の懲戒処分をおこなうことは、上記の労働契約法15条の「社会通念上相当であると認められない場合」に該当し、無効になると考えられています。
Aさんの場合も、既に懲戒処分として降格されているのですから(「降格」に関しましては、下記のブログ記事でも扱っていますのでご参考にしていただければ幸いです。)、同じ販促物の持ち出しを理由に再度懲戒はできず、原則として、会社の懲戒解雇処分は無効となります。
懲戒解雇時に退職金不支給とできるのでしょうか
次に退職金の不支給の問題を考えてみます。
退職金は、一般的には賃金の後払いと性格づけられていますが、功労報償的性格も持ち合わせているとされています。
その功労報償的性格からは、退職金の一定の減額をなし得ると考えられます。
しかし、賃金の後払い的性格からは、退職金を減額するためには、就業規則、退職金規程等の根拠が必要となると考えられています(労働契約法7条、9条等参照)。
そこで、懲戒処分に伴い当然に退職金を減額できる訳ではなく、就業規則等の内部規則上の根拠がなければ減額はできないと考えられます。
全額不支給についても、就業規則、退職金規程等に定めがあれば、事情によっては有効になし得るのですが、退職金の賃金後払的性格から、著しい背信性が無い限り困難と考えられ、懲戒解雇が有効な場合でも内部規定上の退職金の不支給条項を適用できるかは別途検討が必要となると考えられています。
東京高判平成15年12月11日においても、
退職金の支給制限規定は、一方で、退職金が功労報償的な性格を有することに由来するものである。しかし、他方、退職金は、賃金の後払い的な性格を有し、従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有するものである。ことに、本件のように、退職金支給規則に基づき、給与及び勤続年数を基準として、支給条件が明確に規定されている場合には、その退職金は、賃金の後払い的な意味合いが強い。そして、その場合、従業員は、そのような退職金の受給を見込んで、それを前提にローンによる住宅の取得等の生活設計を立てている場合も多いと考えられる。それは必ずしも不合理な期待とはいえないのであるから、そのような期待を剥奪するには、相当の合理的理由が必要とされる。そのような事情がない場合には、懲戒解雇の場合であっても、本件条項は全面的に適用されないというべきで・・・賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である
東京高判平成15年12月11日
と判示し、退職金全額を不支給とできるのは、相当重大な不信行為がある場合に限られるとしています。
Aさんの退職金不支給での懲戒解雇処分の妥当性について
Aさんの場合は、そもそも、懲戒解雇処分自体が無効となる可能性が高いことから、退職金の全額不支給は認められない可能性が高いものと思われます。
ただし、就業規則、退職金規程などの規定によっては、減額支給が認められる可能性はあり得ると考えられます。