一般の登山道に照明設備がなくても何故瑕疵とされないのでしょうか

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

問題の所在

地域によっては、歩道に照明が設置されていない道路もありますが、街中では、通常は照明が設置されています。

しかし、一般的な登山道では照明が設置されてはいません。

これまでもみてきましたが、歩道に一定の瑕疵が認定される場合、歩道の設置、管理者は、民法717条1項、あるいは国家賠償法2条1項の責任を負うこととなります。

それでは、照明が設置されていない登山道を夜歩いていたところ、足元が見えずに滑落、負傷した場合、登山道の設置、管理者に対し、登山道の瑕疵を理由に損害賠償請求をなしうるのでしょうか。
おこなえないのであれば、なぜ損害賠償請求をおこなえないのでしょうか。

この問題を考えるにあたり、まず、一般的な歩道において発生した事故の裁判で、照明の設置が争点となった事件をみてみることとします。

照明設備が道路の瑕疵判断の争点となった裁判1

この類型の裁判としては、岡山地判平成23年7月19日があります。

この裁判の原因となった事故は、夜間に公道を自転車で走行していた人が、橋のたもとにある遊歩道へ降りる階段から用水路に転落して溺死したものです。
事故後、遺族と保険金を支払った保険会社が、公道および用水路の設置、管理者である地方公共団体(以下「甲」といいます。)、および公道から遊歩道へ降りる階段、および遊歩道の設置、管理者である甲とは異なる地方公共団体(以下「乙」といいます。)に対し、通路、階段、遊歩道、および用水路の設置、管理の瑕疵を理由として、国家賠償法2条1項に基づき損害賠償を求めて提訴しました。

この事故の裁判においては、遊歩道の照度も問題となりました。
裁判所は、判決の中で、

国家賠償法二条一項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵」があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、上記安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである

岡山地判平成23年7月19日

と、設置、保存の瑕疵とは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることであるとした上で、

本件・・・付近については・・・仮に本件階段や本件用水路の存在を認識せず、本件階段から転落してしまったとすれば・・・用水路に転落してしまうことも、十分に予測できる構造となっている。また、本件事故当時のような、日の入り後及び月の出前の本件事故現場付近の照度は、自動車が通らない場合はほぼ〇ルクスであり、自転車のライトを点灯させていたとしても、ライトから一三メートル先までの照度が〇・〇二ルクスから三・五ルクス程度と、安全に走行する上で十分な照度とはいいがたい・・・・・・仮に、日の入り後及び月の出前に、時速一五キロメートルから二〇キロメートルの速度で、本件通路付近を南西方向に向かって自転車で走行する運転者がいたとすれば、運転者が、危険を察知した本件階段最上部の約六メートルから九メートル手前でようやくブレーキをかけ、安全な位置で停止できずに本件階段から転落してしまうことは、十分に予測できることで・・・時速一五キロメートルから二〇キロメートルの速度というのは、夜間、周囲が暗い状況で走行する自転車にしては高速度であるということができるが、想定し得ない速度ではない。・・・自転車の運転者等が本件階段から転落し、そのまま本件用水路に転落すれば、死亡という重大な結果を招く危険が極めて高いところ、その結果を防止するための措置としては、前記認定の照度下において、十分に視認し得る態様で、本件ポール間にチェーンをかけること、本件通路の中央にポールを置くこと、本件通路の手前に危険を察知させるような看板等を設置すること、本件遊歩道上に防護柵を設けること等が考えられ、その実施が不可能であるとも、著しく困難であるとも思われない。・・・諸般の事情を総合考慮すれば・・・被告らは、同施設の設置時以降、本件事故当時に至るまで、上記の態様で、本件ポール間にチェーンをかけたり、本件通路の中央にポールを置いたり、本件通路の手前に危険を察知させるような看板等を設置したり、本件遊歩道上に防護柵を設けたりする等の義務を負っていたというべきであり、上記措置がされていない以上、本件親水施設は通常有すべき安全性を欠いていると評価され、その設置管理に瑕疵があったということができる。

岡山地判平成23年7月19日

として瑕疵を認定し、甲及び乙の責任を認めています。

ここでは、照明の設置がなかったことを直接の瑕疵としているのではなく、照度が低いにもかかわらず、事故防止設備の設置をおこなっていなかったことから瑕疵を認定しています。
夜間、道路が暗くなり、事故が生じやすい状況となるにもかかわらず、事故防止の設備設置を欠いた場合、その道路は瑕疵を有することとなるとしています。

それでは、照度が低いにもかかわらず、他の事故防止設備の設置がない場合に瑕疵を認定するという、上記判決の判断枠組みは、どのようなケースにまで及びうるのでしょうか。

照明設備が道路の瑕疵判断の争点となった裁判2

更に、道路の照明の設置が問題となった別の裁判(奈良地裁葛城支部判決平成29年3月23日)をみてみます。

この裁判は、夜、公道を歩いて帰宅していた人が、道路の北側を道路に沿って流れていた川のコンクリート製護岸に転落、死亡した事故に関するものです。
この事故に関し、遺族は、道路に防護柵と照明が設置されていないのは道路の瑕疵にあたるとして、道路の設置、管理者である地方公共団体(以下「丙」といいます。)に対し、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求め、提訴しました。

この裁判の判決において、裁判所は、事故現場周辺に照明が設置されていなかった点に関し、

道路部分に照明を設置していなかったことをもって道路の設置管理の瑕疵というためには・・・本件道路部分の構造等,場所的条件,利用状況及び現実に起きた事故の態様等を総合した結果,社会通念上要求される一般的な歩行を前提としても,歩行者が路外に転落する可能性が相当程度あるため,照明の設置がなければ危険であると認められる場合であることを要する

奈良地裁葛城支部判決平成29年3月23日

とした上で、

・・・本件道路部分及びその近辺は,点在する人家付近のみ街灯が設置されており,その他の場所は夜間真っ暗であるが,夜間の歩行者はごく稀で・・・そのような歩行者の多くは近隣住民で・・・夜間歩行する際,通常,自ら懐中電灯等の照明器具を携行していることが認められ・・・懐中電灯等を携行すれば,本件道路部分の北側の端を認識することができ・・・路外への転落を防止することができる。実際,近隣住民が夜間歩行する際照明器具を携行することから,近隣住民から本件道路部に照明設置の要求がなく,本件道路部分及びその近辺における歩行者の路外への転落事故もなかった・・・現実に起きた事故の態様については,稀有なものであったと考えられ・・・本件道路部分を夜間歩行する者は,懐中電灯等の照明器具を携行することが社会通念上要求されるというべきで・・・照明器具を携行して歩行すれば,路外に転落する危険性がなかった・・・(ので)本件道路部分に照明を設置していなかったことが,道路の設置管理の瑕疵に当たるということはできない。

奈良地裁葛城支部判決平成29年3月23日

として道路の瑕疵を否定しています。

この判決では、道路の瑕疵の判断要素として、

  • 道路部分の構造
  • 場所的条件
  • 利用状況
  • 現実に起きた事故の態様

等をあげています。

とくに照明との関係では、事故現場付近の道路の夜間利用者が、主に懐中電灯などの照明器具を携行した近隣住民であるという当該道路の利用状況が、瑕疵の判断に対し、大きな影響を与えています。
そして、照明器具を通行人が持参していれば、路外に転落するような事故は発生しない状態にあったことから、道路に瑕疵はないと判断しています。

そうしますと、この事件が、照明器具を携行しない通行者が多い場所で発生したものであれば、道路の瑕疵が認定された可能性が存在したと言い得ます。

一方、最初に引用した裁判例(岡山地判平成23年7月19日)では、自転車のライトを点灯していても転落する危険性があったこと等から道路の瑕疵を認定しています。

ただし、ひとつ目の裁判の事故においても、ライトを点灯すれば転落する危険性がないような状態であれば、道路の瑕疵が否定された可能性はあるものと思われます。

一般的な登山道に照明設備がなくても瑕疵と認定されない理由

これらのことを念頭に、登山道に照明設備がないことが瑕疵になるかを、登山道の利用状況から考えてみます。

一般的には日帰り登山でもヘッドライトを持参するのは常識とされており、多少でも登山経験がある人は、登山に出掛ける際には日帰り登山でもヘッドライトを持参しています。
各種登山入門書にもヘッドライトの携行が必要であることは記載されていることから、ヘッドライトに関しては、上記のふたつ目の判例の「本件道路部分を夜間歩行する者は,懐中電灯等の照明器具を携行することが社会通念上要求されるというべきで」との趣旨が当てはまると考えられます。

そうしますと、仮にヘッドライトを携行していなかったことが原因で滑落事故が発生したとしても、そのことを理由に道路の瑕疵を主張することは、ふたつ目の裁判例の趣旨からしても困難であると考えられます。

しかし、ここで更に問題になるのは、ヘッドライトの照度も様々で、一般的な照度のヘッドライトを点灯していても、時間・場所によっては、足元が良く見えないこともあるということです。
この場合、ヘッドライトを携行していても事故の危険性があるといえることから、上記のひとつ目の裁判例からすると、道路の瑕疵が認定され得るのではないかとも考えられます。

更にここで考えたいのは、元々、登山道は夜歩くものではないということです。
確かにナイトハイクあるいは、早立ちのために明るくなる前に歩き始めることはあります。
しかし、それは、登山者が危険を承知で暗い時間帯に歩いていると考えるべきなのであり、やはり、明るい時間帯に歩くのが「社会通念上要求されるというべき」一般的な登山道の利用形態であると、法的には考えることになると思われます。

これを前提に、上記の2番目に引用した裁判例の趣旨からしますと、登山道に照明設備が設置されていないことをもって、登山道の瑕疵と認定することは困難であるといいえます。

このように、一般道の瑕疵が問題となった上記の2つの裁判例の趣旨からも、一般的な登山道に照明設備がなくても民法717条1項あるいは国家賠償法2条1項上の瑕疵は認められないものと考えられます。

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