キャンプは自然状態を楽しむものでもあることから、虫刺されは珍しいものではありません。
しかし、蚊に刺されるのはまだしも、アブ、マダニは困ったものですし、ハチ刺されは死に至る可能性もある危険なものでもあります。
それでは、キャンプ場内にハチの巣があり、それにより、キャンプ場の利用者がハチに刺された場合、キャンプ場はなんらかの法的責任を負うことがあるのでしょうか。
ここでは、キャンプ場内のハチの巣が国家賠償法上の施設管理の瑕疵に該当するかが争点となった簡裁事件をみながら、この点について解説していきます。
目次
キャンプ場のハチの巣の国賠法上の問題
ハチの危険性
登山道で、ハチの巣に注意を促す立て看板を時折見かけます。
厚生労働省の人口動態統計によれば、ハチ刺されによる死者は、2019年が11人、2020年が13人とされています。
林野庁でも、林業従事者向けに、ホームページ上において、ハチ被害に関する注意喚起をしています。
このように、ハチ刺されは、死に至ることもあり、決して甘く見ることができるものではありません。
ハチ刺されの経験のある人がハチに刺されますと、アナフィラキシーショックを起こすこともあることから、ハチ刺されの経験のある人は、登山に行く際、病院で処方してもらったエピペンを携行することもあります。
キャンプ場のハチの巣の問題
ハチの巣は、登山道ならず、キャンプ場などでも発見されることがあります。
キャンプ場のハチの巣も危険なものであることは間違いありません。
しかし、このように危険性があるからといっても、ハチの巣は自然の構成要素なのですから、自然を楽しむものでもあるキャンプ場にハチの巣があることが、キャンプ場の施設管理の瑕疵とまで評価出来るのでしょうか。
キャンプ場のハチの巣に関する裁判例
事件の概要
この点に関連して、地方自治体が管理するキャンプ場を利用した人(以下「A」といいます。)が、キャンプ場内の吊り橋を渡ろうとした時に、その吊り橋に巣を作っていたスズメバチに刺されたことを理由に、キャンプ場の管理者である地方自治体(以下「甲」といいます。)に対し、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求め、訴訟を提起した事件(武蔵野簡裁判決平成30年4月26日)があります。
事故発生経緯
まず、スズメハチに刺された経緯、およびその後のAの症状に関し、簡裁は、次のように認定しています。
Aは・・・9月1日,Bと本件キャンプ場を訪れた。本件キャンプ場は・・・川をはさんで2つのフリーサイトに別れ,Xサイトに駐車場があり,同所にキャンプした。Aは,翌2日午前8時30分ころ,XサイトとYサイトとの間に設けられた本件橋をXサイトから渡る際,その途中でスズメバチの群に襲われ,全身を30か所くらい刺され,スズメバチ刺症の傷害を被り,体のしびれを感じるとともに,のどが締め付けられたようになり,呼吸困難になった。
武蔵野簡裁判決平成30年4月26日
Aは,通報で来所したドクターヘリのb病院の医師により応急措置を受け・・・救急車でc病院に向かい,同病院で検査治療を受けた・・・
Aは,スズメバチ刺症による皮膚の腫れがひどくなり・・・9月8日,急遽,f病院の夜間治療を受け,薬を処方され・・・同月9日,c病院の再診を受けた・・・
Aは,地元・・・病院を探し,同月15日,16日,23日とdクリニックを受診し,同年10月3日,18日にも受診し,薬を処方され・・・ようやく症状がなくなり,回復した(通院実日数8日)。
Aは,・・・(翌年)2月13日,dクリニックにおいて,スズメバチIgE定量検査を受けたところ・・・スズメバチアレルギーを獲得したと判断され,この特異的アレルギーは終生続くことが多く,次回スズメバチ刺症を発症した場合,アナフィラキシーを発症し,致死的病態に発展する危険性が高いこと,Aは,上記発症に備えるためには,エピペンを携行する必要があり,エピペンの使用期限が1年であるため,1年毎に通院し,アレルギー抗体の定量検査をし,新しいエピペンを処方される必要があると診断された・・・。
吊り橋の管理状態
続いて、簡裁は、ハチが巣を作っていた吊り橋の管理状態につき、次のように事実認定しています。
本件橋は,老朽化した木造の吊り橋で,歩行により揺れやすく,橋桁にスズメバチが巣を作っていたため,原告が本件橋を歩行中に,橋が揺れ,刺激を受けたスズメバチが興奮し,群れをなして原告を襲ったものである。撤去された巣の大きさからすると,この巣は数か月前から営巣されていたと考えられる。
武蔵野簡裁判決平成30年4月26日
・・・甲は,本件橋にスズメバチが営巣し,(本件事故の4年前の)9月3日にこれを撤去し・・・その際,本件橋の入口に,蜂(はち)に注意,橋にあった蜂(はち)の巣を除去しました,橋の周辺に蜂(はち)が残っていることがありますと記載した看板を設置したが,本件当日,同看板は汚れて見えにくく,その手前に,「e公園より2km」と表示する看板が重なる位置にあり,わかりづらくなっており・・・Aは,この表示に気付かなかった。
甲,本件当日,職員を派遣し,上記の表示の上部に,「危険 この先,○○橋下面に ハチの巣あり 通行止め」と表示し,本件橋を通行できないように処置し,後日,スズメバチの巣を撤去した。
甲(被告)の主張
この事故において、キャンプ場の運営者である甲は、キャンプ場は自然の中の施設であることから、通常状態で存在する動物が利用者に危害を加えることがないよう管理する義務はなく、吊り橋にハチが巣を作らないように施設を管理する義務もないことから、ハチの巣があることをもって吊り橋が通常有すべき安全性を欠いているとは言い得ないと主張し、吊り橋の管理の瑕疵を否定しています。
また、吊り橋の入口にハチの注意を呼び掛ける看板を目の高さの位置に設置して危険を警告しており、具体的な管理に関しても過失はないと主張しています。
簡裁の判断
これに対し簡裁は、
・・・橋を管理する甲において,スズメバチが本件橋の橋桁に営巣することは十分に予見が可能であった。また,本件橋の歩行板の真下に巣があれば,スズメバチが敏感になる時期に,歩行者による歩行板の振動,全体の揺れが巣にいるスズメバチを刺激し,本件橋の歩行者が予測できない至近距離から,しかも足下から,スズメバチの急襲を受けるおそれがあることも十分に予見が可能であったといえる。
そして,甲は,本件キャンプ場を管理し,2つのフリーサイトを行き来するために本件橋があることから,本件キャンプ場利用者が安全に通行できるように本件橋を管理する義務があり,スズメバチの営巣の有無を点検し,巣を撤去することは,過大な費用負担を要するものではなく,甲において実行可能であったといえる。
甲は,ハチの危険を表示し,本件橋の管理に過失がなかったというが,甲が設けた表示は,強いハチ毒を有するスズメバチの危険を知らせるものではないばかりか,本件橋の橋桁に現に営巣するスズメバチが足下から襲ってくることの危険を知らせるものではなく,表示自体も目立つものではないから,甲がスズメバチの危険につき,本件橋の利用者に十分な警告をしていたと認めることはできない。また,Aの服装などがスズメバチを刺激した事実は認められず,Aに原因や過失があるのでもなかった。
本件橋は本件キャンプ場利用者が安全に利用ができるように甲が維持管理すべき営造物であるところ,その管理に瑕疵があり,そのため,原告が上記受傷をしたと認められ,甲は,原告に対し,国家賠償法2条により,そのため生じた原告の損害を賠償すべきである。
武蔵野簡裁判決平成30年4月26日
と認定し、吊り橋の管理の瑕疵を認め、損害賠償義務を認めています。
財政的制約について
尚、引用部分の第二段落では、「・・・本件橋を管理する義務があり・・・・スズメバチの営巣の有無を点検し,巣を撤去することは,過大な費用負担を要するものではなく,甲において実行可能であったといえる。」としていますが、この部分は、財政的制約(予算上の制約)に言及しているものとも考えられます。
下記の記事でも触れましたが、河川の瑕疵に関しては、財政的制約を考慮する判例が確定していると考えられており、また、道路の瑕疵に関しても財政的制約を考慮している裁判例があります。
一方、下記の記事のように、スキー場に関しては、河川管理と対極にあるとして、安全性の確保が開設時に必要であるとして財政的制約を制限的にとらえています。
キャンプ場は、河川と異なり、自然にキャンプ場として存在するものではありません。また、用途から考えますと、キャンプ場は、道路よりスキー場に近いものと捉えることができそうです。
そうしますと、キャンプ場の吊り橋の瑕疵に関しましても財政的制約は制限的にとらえられるものではないかと思われます。
本件では、キャンプ場という性質からも、財政的制約に関する言及は必須なものとまではいえないように思われます。
将来の治療費の損害に関する裁判所の判断
尚、本件では、Aの損害として、治療費は認められましたが、将来の治療費として「・・・エピペンを常に携行することが通常の対処方法であると考えることはできない」として、これを否定し、「このようなアレルギーを獲得したことは本件受傷による慰謝料の算定において考慮すべき重要な事情ということができる」として、慰謝料算定の要素に留まるとしています。