職場が恒常的な人手不足状態に陥っている状況のもとで、従業員が年休を取得しようとした際、会社は代替要員の確保困難を理由に時季変更権を行使し得るのでしょうか。
この問題を、時季変更権の法的位置付けに触れた上、裁判例をみながら解説します。
目次
年休取得日の変更の問題
有給休暇届提出と会社による取得日変更指示の問題
Aさんの部署は人員削減もあり、近時は恒常的に人手不足で、年休を取得するのも困難な状態が続いています。
しかし、家庭の事情で、どうしても来月の12日に会社を休む必要があるため、1カ月以上前の先週の水曜日に年次有給休暇届を会社に提出しました。
しかし、会社から、来月の12日も業務が多忙であるから、他の日に取得するように言われました。
以前から、年次有給休暇の申請をおこなうと、3回に2回は取得日を変更するよう指示されていることもあり、Aさんは今回の会社の指示に納得がいきません。
恒常的人手不足状態での年休取得の問題
Aさんの場合、恒常的な人手不足から人員確保もままならず、年休取得が困難な状態が続いていることからしますと、下記のように、年休取得日を変更するようにとの会社の指示は無効とされる可能性があります。
会社の指示が無効とされると、法的には、Aさんは希望通りの日に年休を取得することが可能となります。
時季指定権と時季変更権について
労働基準法39条5項の年休取得日に関する規定について
年休の取得日に関しましては、労働基準法39条5項において、
(年次有給休暇)
労働基準法39条5項
第三十九条
(略)
⑤ 使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
と定められています。
従業員は、労働基準法39条1項~3項、就業規則などにより規定される日数の年休(権)を付与されます。
この年休(権)の取得時期を特定するのが、労働基準法39条5項本文に定められている時季指定権であり、取得の理由・目的を示すことなく希望に応じた日に自由に取得することが出来るのが原則です。
しかし、同項のただし書きにより、会社は、従業員の年休取得の申出(時季指定権の行使)に対し、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」には、年休取得日を変更するよう求める時季変更権を有していることとなります。
事業の正常な運営を妨げる場合とは?
しかし、労働基準法39条ただし書きの文言からもわかりますように、会社の時季変更権も無制限ではなく、従業員が指定する日に年休を取得すると、「事業の正常な運営を妨げる」こととなる場合に、従業員の指定日とは別の日に年休を取得するよう調整を求めることが出来るに過ぎません。
そこで、Aさんのケースのように、恒常的な人手不足で年休取得がままならないような状態が続いているような場合でも、従業員の指定日の年休取得が「事業の正常な運営を妨げる」と認められるものなのかが問題となり得ます。
人手不足での時季変更権行使が問題となった裁判例
このようなケースが争点となった裁判としては、バス会社の運転係の社員が、時季指定した年休の取得を不当に妨げられたことにより、一部の年休について取得する権利を失効させられたと主張し、労働契約上の債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求めて提起した訴訟があります(金沢地判平成8年4月18日(1審)、名古屋高裁金沢支部判決平成10年3月16日(控訴審))。
この事件の1審では、
・・・被告(注:バス会社)が各日に時季変更権を行使したのは、原告(注:運転係の社員)の時季指定に係る各日に原告が年休を取得した場合には、被告の定期路線バス、貸切バス等の乗務員の員数に不足が生じ、これらの運行業務の一部ができなくなるおそれがあったためであると解される。
金沢地判平成8年4月18日
・・・ しかし、労働基準法三九条の趣旨に照らせば、使用者にはできるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるように状況に応じて配慮することが要請されているというべきであるから、使用者が、代替要員の確保努力や勤務割りの変更など使用者として尽くすべき通常の配慮を行えば時季変更権の行使を回避できる余地があるにもかかわらず、これを行わない場合や、恒常的な要員不足により常時代替要員の確保が困難であるというような場合には、右・・・記載の事由が存したとしても労働基準法三九条四項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらないと解すべきである。
と判示しており、控訴審でも1審の判断は維持されています。
Aさんの年休取得日について
Aさんの場合も、上記引用判決の「恒常的な要員不足により常時代替要員の確保が困難であるというような場合」に該当するものと考えられます。
そこで、上記判決の趣旨からしますと、来月12日の年休取得は、労働基準法39条4項ただし書の「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しないということになり、会社の時季変更権の行使は根拠を欠く違法なものと考えられます。
したがいまして、Aさんは希望日に年休を適法に取得することができることとなります。
恒常的な人手不足による時季変更権行使の有効性について
上記に引用した裁判例からしますと、
- 代替要員の確保努力、勤務割りの変更などの通常の配慮を行えば時季変更権の行使を回避できる余地がある場合
- 恒常的な要員不足により常時代替要員の確保が困難であるような場合
には、会社は適法に時季変更権を行使することができず、従業員の申し出た年休取得日の変更を求めることはできないこととなります。
また、そのような状況での時季変更権の行使は違法なものとなり得ます。