パワハラとして違法となる行為とは?~適法な業務上の指導との違い

ここで扱っている問題

労働施策総合推進法の改正により、事業主に対しても社内におけるパワハラ防止対策措置が求められるようになりました。
このこともあり、社内のパワハラ行為が、企業における経営リスクとなり得ることへの認識は広がってはきました。
しかし、具体的にどのようなケースがパワハラに該当するのかは必ずしも明確ではありません。
とくに適法な業務上の指導と、パワハラに該当する叱責との境界線はわかりづらいこともあります。

ここでは、違法なパワハラ行為と適法な業務上の指導行為との相違について、厚労省のパワーハラスメントの定義、労働施策総合推進法の条文およびパワハラに関する裁判例に触れながら解説します。

ハラスメントに関する法律について

「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下「労働施策総合推進法」という。)30条の2第1項には、

(雇用管理上の措置等)
第三十条の二 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

労働施策総合推進法30条の2第1項

と規定され、事業主に対し、職場におけるパワハラの防止対策措置を講ずることを義務付けています。
尚、中小企業においては経過措置として同項の措置は努力義務とされていましたが、令和4年度から、中小企業においても義務化されることとなりました。

このことを契機として、中小企業においても、パワハラに対する理解を更に深める必要があるものと思われます。

しかし、ハラスメント全般に関する法整備が進んだのも近時のことでもあり、パワハラを含むハラスメントへの理解が進んでいるとは言い難いと考えられています。

ハラスメントとしましては、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(均等法)にセクシャルハラスメント、マタニティハラスメント等、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(育児・介護休業法)に育児、介護休業等に関するハラスメント等に関する条文が定められています。

パワーハラスメントについて

厚労省のパワハラの定義

パワーハラスメントのことを略してパワハラといいます。

厚生労働省のリーフレット等では、パワハラについて、

  • 優越的な関係を背景とした言動であって
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
  • 労働者の就業環境が害されるもの

という3つの要素をすべてみたすものと定義しています。
この定義は、上記で引用した労働施策総合推進法30条の2第1項の条文文言と同じものとなっています。

法律上のパワハラ行為について

法律上も、労働施策総合推進法30条の2第1項に規定されている、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される」言動がパワハラ行為であることとなります。

この条文の文言からもわかりますように、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動はパワハラに該当しますが、業務上必要かつ相当範囲内の指導はパワハラに該当するものではありません。

しかし、どこまでが業務上必要かつ相当範囲内の指導に該当するのか、パワハラと適法な業務上の指導の境界は必ずしも明確とは言い難く、個別具体的に判断せざるを得ません。

その判断に際しては、類似事例の裁判例が参考となることから、ここでも、パワハラの裁判例をみてみます。

パワハラの裁判例

事案の概要

パワハラの裁判例としましては、公務員(以下「甲」といいます。)が上司(以下「A」といいます)からパワハラを受け身体的・精神的障害が生じ治療費などの損害が生じたとして、国家賠償法1条1項に基づき所属する地方公共団体(以下「乙」といいます。)に対し損害賠償を求め提起した裁判(神戸地判令和3年9月30日)があります。
ここでは、この裁判の判決文をみてみます。

パワハラに関する裁判所の認定

この裁判においては、Aの甲に対するパワハラ行為が存在したかが争点のひとつとなっており、裁判所は、パワハラの認定基準について、

・・・パワーハラスメントとは,職場において行われる優越的な関係を背景にした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,被用者の就業環境が害されるものをいい,客観的にみて,業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は,パワーハラスメントには該当しない。この就業環境が害されたかは,社会一般の平均的な被用者が,就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動かどうかを基準に判断するべきである。

神戸地判令和3年9月30日

と判示しています。第1文は労働施策総合推進法30条の2第1項と同様の趣旨となっています。

そして、「就業環境が害されたかは,社会一般の平均的な被用者が,就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動かどうかを基準に判断」するとした上で、甲がパワハラ行為に該当すると主張するAの複数の行為について、

イ 本件暴行について
本件暴行の態様は,前記・・・で認定したとおりである。Aが,いかに災害対応時の緊迫した状況下で,かつ両手が携帯電話及び手板で塞がっていたとしても,部下である甲に電話を取るよう指示するに当たって,足で甲の座っている椅子を蹴るというのは,甲にとって屈辱的な態様である上,そのような方法で合図をする業務上の必要性は全くなく,合図に足を用いたこと自体不適切な行為であった。加えて,椅子の背部を蹴るという危険な暴行に及んだことからすると,Aの本件暴行は,優越的な関係を背景に,相手に対し身体的・精神的に苦痛を与え,就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じさせるものであったと認められ,パワーハラスメントに該当する。

ウ 指導上の発言について
(ア) Aが広聴業務に関し,甲に発言した内容は,・・・であり,敬語を用いたものであった。・・・乙は,Aの発言について,1回のみと主張するものがあり,Aも同旨を証言するが,甲は複数回言われていたと主張しており,Aは,職務分担を調整した上,甲には専ら広聴業務のみを担当させていたのであり,しかも,甲への指導は繰り返し行っていたというのであり,これらの発言が1回にとどまっていたという明確な根拠もないため,被告の主張は採用できない。
(イ) ①「ここは学校じゃない」,「文章の書き方を教えるところじゃない」という発言は,相手に対し,業務上の書面を作成する能力を否定するものである。そして,②「本俸が高いのだから,本俸に見合う仕事をしなさい」という発言は,高い給与をもらっていながら,それに見合った仕事をしていないとして相手を非難するものである。本件において,正しく広聴の回答文を作成させるという目的に照らし,殊更に学生と対比したり,年功序列で定まった給与の多寡を持ち出したりする必要はなかったということができる。以上によれば,Aにおいてこれらの発言をすることにつき,業務上必要かつ相当な理由があったとはいえない。
他方,前記・・・で認定したその他の発言は,公聴業務を担当する甲の職務内容に直接関係するものであり,上司として甲の勤怠管理をする立場にあるAが業務上の必要に基づき発言したものと認められる。
(ウ) 被告は,甲に向けられたAの発言は,甲が回答文書の作成事務に習熟していなかったことからされた業務上必要かつ相当な範囲内のものであった旨主張する。Aも,同人の証人尋問で,甲には,広聴業務以外の金銭を扱う業務をする能力がなく,他の係員の足を引っ張ることがないように,広聴業務だけを担当させた,広聴業務として1日2ないし5件(多い日には10件)程度の苦情等が来るところ,簡単な1,2件のみを甲に担当させ,残りをA自身が担当していたが,甲は1日に1件を処理できるかどうかというペースで仕事をしており,指導をしても改善せず,同じことを繰り返し指導する必要があった旨供述する。
確かに,甲は・・・から・・・まで・・・を務めており,事務職員としての経験は2年程度と十分ではなく・・・年度当初に分担された業務の大半は,年度途中で他の職員の担当とされたこと・・・からすると,甲の広聴業務に係る事務処理能力には少なからぬ問題があったことがうかがわれる。したがって,Aにおいて,甲に対し,丁寧かつ一定の時間をかけて,指導を行う必要性があったことが首肯できる。
しかしながら,その指導の必要性の高さをもってしても,甲の人格的評価を貶めるような発言が許容されることとはならないから,甲の能力の低さを強調して,Aの上記各発言が正当であるとする被告の主張は失当である。
(エ) ここまでの検討によれば,Aの上記(イ)の①及び②の発言は,上司としての立場を背景に,学生との対比や年功序列で定まった給与の多寡を持ち出して,相手を非難するものといえ,業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により,相手に対し,就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じさせるものといわざるを得ない。・・・・

エ ・・・まつりの際の出来事について
甲は,Aが・・・の者に帽子を持ってきてもらえば足りるところ,業務と関係のない指示として,わざわざ甲に帽子を取りに行かせるパワーハラスメントをした旨主張する。しかしながら,・・・まつりのパレードに参加しない・・・の者が,その持ち場を離れてまで,Aのために帽子を持ってくることが可能であったことを示す的確な証拠はないし,甲の移動すべき距離も,徒歩でわずかに5分ないし10分程度であり,殊更重い負担でもなく,Aの指示が,業務上の必要性のないものであったとは認められない。したがって,甲の主張は採用できない。

神戸地判令和3年9月30日

と個別行為ごとに具体的にパワハラに該当するかを認定しています。

業務上の指導とパワハラ行為の違い

ここでは、とくに「ウ 指導上の発言について」の認定箇所が、何がパワハラ行為に該当しうるかを理解する上で大変参考になるものと思われます。

その中においても、「正しく広聴の回答文を作成させるという目的に照らし,殊更に学生と対比したり,年功序列で定まった給与の多寡を持ち出したりする必要はなかったということができ・・・業務上必要かつ相当な理由があったとはいえない。」「指導の必要性の高さをもってしても,甲の人格的評価を貶めるような発言が許容されることとはならない」との箇所は、適法な業務上の指導とパワハラ行為の差異を理解する参考となろうかと思われます。

業務上の指導においては、指導の必要性および、指導時の言動が指導の目的のために必要なものであるかを意識する必要があろうかと思われます。

このように、パワハラと適法な業務上の指導の相違は、「業務上必要かつ相当な範囲内」のものか否かであると考えることができます。
そもそも、業務上必要な事項に関する言動でなければ、「適法な業務上の指導」とはいいえません。

しかし、業務上必要な事項に関する言動であったとしても、「相当な範囲」を逸脱したものであれば、パワハラ行為と認定される可能性があります。
上記で引用した判決文の「指導の必要性の高さをもってしても・・・人格的評価を貶めるような発言が許容されることとはならない」との箇所からもわかるように、パワハラとの関係においても、指導の必要性の高さにより、不適切な言葉の使用が免責されるわけではないという点には注意が必要です。
人格権を侵害するような言葉、行動は、上司の発言目的、指導の必要性とはかかわりなくパワハラとなり得ます。

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