上司からの業務命令を拒否すると、常に懲戒解雇あるいは普通解雇の対象となるのでしょうか。
しかし、違法な業務命令には従う義務はないと思われます。
そうしますと、業務命令に従う義務がないときには、業務命令を拒否することには正当な理由があるといえ、そのような場合には、業務命令拒否は解雇の対象とはなり得ないと考えられます。
ここでは、業務命令の法的性質に触れた上で、どのような場合に、上司の指示命令を拒否することが業務命令拒否となり得るのか、どのようなことが業務命令を拒否しうる正当な理由となるのか、どのような業務命令拒否であれば解雇の対象とならないのかなどを裁判例をみながら解説します。
目次
業務命令は法的にはどのようなものなのでしょうか
まず、業務命令権は、使用者と労働者の間の労働契約から生じるものと考えられています。
そして、労働契約は、労働契約法6条から、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意」することにより成立するとされています。
そこで、この成立した労働契約により、従業員は会社に対して労働提供義務を負うこととなり、会社は従業員に対し労務給付請求権を有することとなります。
その労務給付請求権の内容として、業務を遂行するために従業員に対し勤務場所、業務内容などを指揮・命令する権限が含まれると考えられています。
そして、会社は、これらの指揮命令権を含む業務命令権を有するとされていますが、業務命令権は本来的な職務のみではなく、研修、健康診断受診など本来的職務と一定の関連を有する事項にも及ぶとされています。
業務命令権の範囲について
上記のように、業務命令権は、労働契約から生じるものであることから、労働契約の範囲を超える事項に関する指揮・命令に従う義務は従業員にはありません。
そこで、個別の労働契約、労働協約、就業規則などに根拠のない事項に関しては、当然に業務命令権が及ぶものではありません。
業務命令を拒否し得るケースと理由
形式的に職務に関連した指揮命令であっても、違法、不当な業務命令は、公序良俗違反(民法90条)として無効となり得ます。
このように無効とされる場合、そのような業務命令は正当な業務命令権の範囲外のものとなります。
そこで、従業員にはそのような業務命令に従う義務はないこととなります。
また、業務命令権の行使が権利濫用(労働契約法3条5項)と評価されるような場合、そのような業務命令権の行使は無効となり得ます。
行使が無効とされるような場合、そのような業務命令は正当な業務命令権行使の範囲外のものとなります。
このように、
- 業務命令が労働契約の範囲外のものである場合
- 業務命令が違法、不当なもので公序良俗に反する場合
- 業務命令の行使が権利濫用と評価される場合
においては、それらの事情は業務命令拒否の正当な理由となり得ます。
業務命令違反による解雇の有効性について
業務命令拒否に正当な理由が認められる場合ではなく、就業規則などの合理的な規定に基づく相当な業務命令については、従業員はこれに従う義務があります。
就業規則では、「正当な理由なく業務上の指示・命令にしたがわない」ことを懲戒解雇事由として規定し、更に、懲戒解雇事由も普通解雇事由になると規定しているケースが多いものと思われます。
このように、業務命令違反行為を懲戒解雇事由および普通解雇事由として就業規則に規定していることも多く、そのような場合、業務命令を拒否した従業員を懲戒解雇あるいは普通解雇となし得ることとなります。
しかし、懲戒解雇も懲戒の一種ですから、労働契約法15条により、その業務命令拒否を懲戒解雇とすることが「行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、懲戒解雇は権利濫用として無効となります。
そこで、行為の性質および態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当な場合にのみ、業務命令違反を理由として懲戒解雇をなし得ることとなります。
尚、懲戒解雇の有効性の問題については下記の記事でも解説しています。
更に、普通解雇をおこなう場合に関しても、労働契約法16条により、形式的に就業規則の解雇事由に該当する場合でも、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、やはり、解雇は権利濫用として無効となります。
そこで、客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当とされる場合にのみ解雇し得ることとなります。
尚、普通解雇については下記の記事で解説しています。
業務命令拒否による懲戒あるいは解雇が問題となった裁判例
業務命令拒否には該当しないとされた裁判例
指示に従わなかったことを業務命令違反に該当しないとした裁判例としては、業績不良を理由として解雇された社員が、解雇が無効で不法行為に当たると主張し、労働契約に基づく地位の確認、未払い賃金、慰謝料などを請求した事件の一審(東京地判平成28年3月28日)があります。
この裁判で、裁判所は、
原告・・・は・・・・月頃・・・に関する業務のうち,異動する・・・が担当している・・・業務を引き継ぐよう言われたが,これを断っている。原告・・・は・・・原告・・・では引き継ぐことはできないと主張するが・・・の業務を引き継ぐ旨の指示が不合理であるとはいえない。また,原告・・・は,引継ぎを指示されてから・・・期間が短く引継ぎが困難であると主張するが・・・仮に引継ぎの期間が短いとしても,その条件は誰が引き継いでも変わりはなく,何らかの配慮や援助を要するというならともかく,引き継ぎ自体を断る正当な理由とはいえない。もっとも,原告・・・の引き継ぎ拒否を受けて,所属長の・・・はこれを・・・に引き継がせているのであるから,原告・・・が能力不足を自認して他の者が引き受けられる仕事を引き受けなかったという評価は可能であるものの,業務命令拒否というほどの義務違反とするのは相当でない。
東京地判平成28年3月28日
・・・原告・・・は・・・年にも・・・業務を担当するよう打診されているが,これを断っている。また,・・・業務のサポートを求められても断っている。さらに・・・年に・・・目標として・・・業務の幅を広げることを設定したが,その目標の達成率は0%であった。この点について,原告・・・は,当時新たな業務が色々と割り振られていたのでその一部を断ったにすぎないと供述しており・・・の供述によっても,業務を担当するよう打診したが断られたので業務を担当させなかったという経過が認められるにとどまるから,明確に業務を命じてもそれに応じなかったという事実までは認められない。そうすると,原告・・・が業務に対し極めて消極的な対応を示していたという事実は認められるものの,業務命令拒否に当たるような事実があったということはできない。
と判示しています。
上記の引用箇所では、上司からの引継指示を拒否した行為と業務担当打診を拒否した行為の2種類の行為が、業務命令拒否に該当するのかが問題となっています。
まず、後者の業務担当打診を拒否したことに関しては、業務に消極的な対応という評価に留まり、業務命令拒否には該当しないと認定しています。
一方、前者の引継指示の拒否に関しては、能力不足を自認して他の者が引き受けられる仕事を引き受けなかったと評価し、業務命令拒否というほどの義務違反ではないとしています。
この2つの行為に対する評価を一般化することは出来ませんが、打診段階での拒否は業務命令違反とまでは評価されない場合が多そうです。
一方、自らの能力不足を理由とする引継指示拒否に関しては、具体的事情によっては、業務命令拒否とまでは評価されないこともありそうです。
業務命令の違法性から業務命令拒否に該当しないとされた裁判例
違法な業務上の命令を拒否したことが業務命令拒否にならないとされた裁判例としては、解雇された看護師が、勤務していた診療所を経営する医療法人に対し、未払い賃金、慰謝料などを求めて提訴した事件(奈良地判平成25年10月17日)があります。
尚、この事件では、業務命令拒否は懲戒事由ではあるものの解雇事由としたものではないとされていました。
この事件で裁判所は、
被告は・・・日,原告・・・に対し,業務命令拒否及び職務放棄を理由に給与を10パーセント減額する処分をした・・・と主張する。しかし・・・原告・・・は・・・被告の・・・院長から,増収のために違法のおそれのある訪問看護ステーションの設立や訪問看護の実施を指示されたため,医療に携わる看護師の職業倫理上の責務として,患者に害をなすおそれのある業務命令には従えないとしたところ・・・日・・・院長の「看護部を解散する」との言により看護師としての職務から排された,すなわち被告を解雇されたものと認められ・・・違法のおそれのある業務命令を拒否したことが違法な業務命令拒否であるとも,解雇処分後の離職を職務放棄であるとみることもできない・・・
奈良地判平成25年10月17日
と判示しています。
このように、違法なおそれのある業務命令を拒否することは、業務命令違反とはなり得ないと考えられます。
業務命令違反による懲戒解雇および普通解雇が無効とされた裁判例
業務命令違反が認定しながら解雇を無効とした裁判例としては、業務命令拒否を理由のひとつとして、懲戒解雇、予備的に普通解雇された社員が、解雇の無効を主張し、労働契約上の地位の確認、賃金および不法行為に基づく損害賠償金等の支払を求めた裁判(東京地判平成25年11月21日)があります。
この裁判の判決では、
・・・被告は・・・原告に対し,業務命令として職務経歴書の提出を求めたが原告はこれを拒否したことが認められるところ,原告の上記提出拒否行為については,本件就業規則・・・号及び・・・号を字義どおり解するならば,これらに該当すると言えなくもない。
東京地判平成25年11月21日
原告は,本件就業規則・・・号の定めからして,職務経歴書の提出義務がない旨主張する。しかし,上記規定は入社時に提出するものを定めたもので・・・被告が人事配置を検討する上で,原告の詳細な職務履歴を確認したいということは業務上の必要性が認められ・・・原告にはこれに応じるべき義務があったといえる・・・
ただ・・・原告は,入社時において履歴書を提出していたこと・・・月当時・・・取締役は原告に対し,理由のない賃金減額や解雇をちらつかせたメールを送信しており,そのようなメールを受けた原告において,職務経歴書の提出に拒否的になることも全く理解できないではなく,上記原告の業務命令違反が強く非難されるべき行為とまではいえない。
(ウ)懲戒解雇相当性
・・・業務命令拒否については,同事由に該当すると言えなくもないが・・・かかる事情の存する職務経歴書の提出拒否をもって懲戒解雇とすることは処分として重きに失するのであって,その余の手続面等について検討するまでもなく,本件懲戒解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上,相当なものとして是認することはできず,権利濫用として,無効と認めるのが相当である。
(エ)普通解雇相当性
・・・業務命令拒否については,同事由に該当するといえなくもないが,前記・・・からして,職務経歴書の提出拒否をもって労働者としての地位を喪失させる解雇とすることは重きに失するのであって,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上,相当なものとして是認することはできず,権利濫用として,無効と認めるのが相当である。
と判示しています。
このように、従業員の行為が正当な業務命令を拒否するものであり、懲戒解雇事由および普通解雇事由に形式的には該当し得る場合でも、具体的事情のもと、その業務命令違反を強く非難できるものではないときには、「客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上,相当なものとして是認することはでき」ないとして、懲戒解雇および普通解雇は権利濫用として無効となり得ます。