商業ツアー登山での事故における法的責任について

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

商業ツアー登山での事故における事故の裁判

ここでは、(a)商業ツアー登山での事故に関連する裁判について見てみます。

(a)商業ツアー登山での事故の裁判としては、下記の記事で扱っていますⅰ)2006年白馬岳遭難死事件、ⅱ)残雪の八ヶ岳縦走遭難事件などがあります。


この2つの事件では民事裁判上、いずれも被害者の家族の請求が(一部)認容されています。
前者はツアー登山を主催、同行したプロの登山ガイドに損害賠償責任が認定され、後者では、同行したツアーリーダー個人とともに、主催者団体および主催者団体でツアー事業を掌握していた個人に対し、損害賠償責任が認定されています(尚、主催者団体の代表者個人への請求は棄却されています。)。

一方、トレッキングツアーではありますが、下記の記事で扱っていますⅺ)尾白川渓谷滑落事故において、地裁は請求を棄却しています。

また、海外での商業ツアー登山での事故に関する、ⅻ)アコンカグア遭難事故(平成25年1月に募集ツアーに参加しアコンカグアで負傷したツアー参加者が、ツアーを企画し同行した山岳ガイドに対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をおこなった事件)においても、地裁は請求を棄却しています。

この4つの事件のツアーの位置づけですが、ⅰ)およびⅱ)は、一定程度登山経験があり、ある程度体力のある人向けの登山ツアーであり、ⅻ)に関しては相当高度な登山技術を有する人向けのツアーということになるかと思われます。
一方、ⅺ)は、登山経験のない人でも参加できる軽いトレッキングツアーという位置づけになるかと思われます。

そして、主催者の性質という点では、ⅱ)とⅺ)は団体が主催者、ⅰ)とⅻ)は個人主催となっています。

商業ツアー登山での事故の過失認定について

上記の記事で解説していますように、ⅰ)2006年白馬岳遭難死事件の裁判では、事前の天気情報を収集する義務を履行しなかったこと、およびその情報に基づき天候が悪化し暴風雪になった、あるいは暴風雪になる前に引返さなかったことが注意義務違反行為にあたるとし、ツアーの主催者でツアーリーダーでもあった山岳ガイドに過失を認定しています。
尚、この事故では、刑事事件としても起訴され、業務上過失致死罪の有罪判決が確定しています。

一方、ⅱ)残雪の八ヶ岳縦走遭難事件では、参加者は登山経験が豊富なわけではなく、また事故当時、ロングコースということもあり、参加者に疲れがみえてきた状況でした。
裁判所は、ツアーリーダーを務めていた主催者の職員について、そのような状況下、トラバースルートが残雪で覆われ滑落などの危険があるにもかかわらず、参加者に対する適切なアドバイスを怠ったことが注意義務違反行為にあたるとし、過失を認定しています。

ⅰ)事件とⅱ)事件とを比較すると、ⅱ)事件の方が過失の認定が容易に思われます。
しかし、ⅰ)事件に関しても、事故発生時の白馬岳周辺の暴風雪は相当なものであり(翌朝、白馬岳頂上宿舎では屋根まで雪が積もっていたようです。)、また祖母谷温泉の出発時には、関係者から出発を見合わせることを検討するよう勧められていたという事情もあり、過失の認定は無理のないものであったとも思われます。

トムラウシ山遭難事故について

ここでは、登山事故でも民事訴訟を中心に扱うことから、細かい考察は加えませんが、商業ツアー事故において刑事責任が問題となった事件としては、平成21年7月の北海道のトムラウシ山遭難事故があります。
この事故に関しては、主催者およびその関係者は不起訴とされています。

このトムラウシ山遭難事故の不起訴と、ⅰ)事件の刑事裁判における有罪判決との違いがどこにあるかを考察することは、ツアー同行ガイドの法的な注意義務の範囲を理解するのに役立つのかもしれません(尚、ⅰ)事件でもガイド見習いは刑事上も民事上も責任を問われていません。)。

ところが、検察は不起訴理由を通常公表しないことから、トムラウシ山遭難事故でも正確な不起訴理由は明らかではありません。

ただし、トムラウシ山遭難事故発生時にツアーリーダーを務めていたガイドは、この遭難事故で死亡しています。
そのため、ツアーリーダーに刑事責任を問うことはできず、不起訴となっています。
また、死亡したため、ツアーリーダーの事故時の行動もすべてが明らかになったわけではありません。

同行ガイド(ツアーリーダーを含めて3名のガイドが同行していました。)の中でも、ツアーリーダーとその他の同行ガイドとでは、決定権限等が異なります。
そして、決定権限が異なる以上、その責任の範囲も異なり、課される注意義務の範囲も異なってきます。

そうしますと、最も重い責任を負っているツアーリーダーが死亡し、刑事責任を問えず、またツアーリーダーの事故当時の行動のすべてが明らかではない以上、生存している他の同行ガイドに刑事責任を問うのは困難であったと考えられます。
これらのことも、他のガイドの刑事責任が問われなかった理由であると考えられているようです。

尚、トムラウシ山遭難事故に関しては、日本山岳ガイド協会が詳細な事故調査報告書を作成し、ネット上で公開していますので、当該報告書を読むことにより、事故ツアーの構成員の関係および役割が理解できるものと思われます。

商業ツアー登山におけるリーダーの注意義務

これらの事故の裁判から、商業ツアーのツアーリーダーに対しては、有償で引率していること、および参加者のリーダーに対する信頼・期待等から、通常のパーティー登山でのリーダーと比べて相当高度な注意義務が課されていると思われます。

アコンカグア遭難事故にみる注意義務、安全配慮義務に影響を及ぼす事情

上記のⅰ)およびⅱ)の事故と異なり、ツアー登山事故で民事訴訟上、過失が否定された事故もあります。

まず、前述ⅻ)のアコンカグア遭難事故ですが、判決文が公表されていないことから、判決文の引用は出来ません。
しかし、ⅰ)およびⅱ)の事故とは登山の難易度の次元が異なり、内在するリスクにも格段の差があったとは言えます。

アコンカグア登山にそのような大きなリスクが内在することは一般的に知られており、登山経験豊富な参加者もかかるリスクを事前に知り得たものでした。

このように内在するリスクを事前に理解していたのであれば、参加者も、予想し得る危険を回避するための準備をすることとなりますし、参加者がツアーリーダーに対し期待する危険回避行為の程度も異なってくるものと考えられます。

商業ツアー登山の場合、ツアーリーダーと参加者との関係はツアー契約により生じるものです。
そこで、ツアー契約に向けた当事者の合理的な意思の解釈として、ツアーリーダーに課される注意義務も、一定の範囲において、参加者がツアーリーダーに対し抱く期待の範囲、およびその内容に左右されると考えられます。
このように考えますと、参加者がツアーリーダーに対し期待する危険回避行為の程度が低ければ、ツアーリーダーの注意義務も一定範囲で軽減されるとも考えられます。

ⅺ)尾白川渓谷滑落事故のように、被害者側が、ツアー契約の契約責任としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起したような場合、ツアー主催者(引率者)の安全配慮義務の内容が認定される際、このことが明確となります。

尚、刑法では、このような場合、「危険の引受け」があったとして、違法性が阻却される場合もあると考えられていますが、民事では危険の引受けの法理は必ずしも一般的ではありません。

更に、ツアー行程の難易度によって参加者の技術レベルが異なることも、ツアーリーダーに対し求められる注意義務の程度・内容の違いに影響が出ると考えられます。

このようにツアーに内在し、また事前に認識されていたリスクの差が具体的な事実経過とあいまって、ⅰ)およびⅱ)事件とⅻ)事件の過失認定の相違につながったものと考えられます。

登山の難易度と過失認定の相関関係

上記のⅰ)、ⅱ)、ⅺ)およびⅻ)の登山事故の判決からしますと、商業ツアー登山の事故でも、その難易度から類型的に過失が認定されやすいものと、認定されにくいものがあるように思われます。

  • 難易度の低いトレッキングツアーに関しては、そこまでの注意義務(安全配慮義務)が要求されないこと
  • 難易度が極度に高いものに関しては参加者の一定以上の登山スキルを参加条件としていること

等を理由として、登山としての難易度が低い商業ツアーでは過失の認定が難しく、一方、難易度が高くなるほど、過失の認定が難しくなるとも考えられます。

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