国立大学法人の教育活動時の事故により、学生が死傷した場合、大学の設置者と指導教員はどのような責任を負うのでしょうか。
ここでは、国立大学法人のフィールドワーク実習中の水難事故で死亡した学生の両親が、大学法人と指導教員に対し、損害賠償を求め提起した裁判の判決をみながら、担当教員に過失が認定される場合の、国立大学法人への国家賠償法の適用、法的責任と指導教員個人責任について解説します。
屋久島水難事故の法的問題
ここでは、国立大学法人の教育活動での事故として、屋久島でおこなわれたフィールドワーク実習中の事故(以下「屋久島水難事故」といいます。)をとりあげています。
国立大学は、以前は法人格がなかったため、損害賠償の責任を負うのは設置者である国でした。
そこで、裁判により、国立大学に対する損害賠償を請求する場合、被告を大学の設置者である国とする必要がありました。
しかし、平成15年10月1日に施行された国立大学法人法により、国立大学を設置することを目的とする国立大学法人が設立され、国立大学に対する損害賠償を請求する場合、設置者である国立大学法人を被告として訴訟を提起することとなりました。
これまで、私立大学のフィールドワーク実習中の事故の裁判として、金華山転落事故の裁判を下記の記事で扱っていますが、教員の注意義務違反は否定され、損害賠償請求は棄却されています。
しかし、屋久島水難事故では、下記のように、担当教員の過失が認定されています。
そこで、その過失責任として、損害賠償責任を国立大学法人と担当教員個人がいかなる関係で負うのかが、私立大学と異なり、大学設置者が国立大学法人であることから、問題となりえます。
事故の概要
大学の定年時学生向けの教育科目として開講されていたフィールド科学研究の入門講座の屋久島における3泊4日のプログラムの一環として実施された島に流れる川河口付近での入水体験として、救命胴衣を着用せずに7名の参加学生および同行教員が約80m先の対岸に向かい順次遊泳をはじめましたが、参加学生のうち2名が溺れはじめ、1名は救助されたものの、もうひとりの学生(以下「A」といいます。)は救助されず、約1時間後に川の下流で発見されましたが、搬送先の病院で死亡しました。
Aの両親は、
- 担当教員(以下「甲」といいます。)に対しては、民法709条に基づき
- 大学設置者である国立大学法人(以下「乙」といいます。)に対しては、主位的には民法715条(主位的)、予備的には国家賠償法1条1項、安全配慮義務の債務不履行に基づき
損害賠償の支払いを求め、訴訟を提起しました(福岡地判令和4年5月17日)。
裁判所の判断
担当教員の過失について
裁判所は、甲の過失について、
・・・事故現場である・・・川河口付近は、その状況ないし特徴から遊泳が危険視されていた場所で・・・甲自身も、過去の経験等から抽象的にせよその危険性を認識しており、特に、本件事故の前年に本件プログラムを実施した際には、学生のみならず甲自身も下流に流されたことがあり、その後に学生が提出したレポートに・・・川で溺れそうになった旨の記載があることも認識していた。・・・ しかるに、甲は、本件プログラムの初日に・・・参加学生に対し・・・川の水流の特徴や「・・・川の体験」の意義を説明するに際し、「実はその後すぐに泳ぎに行く」、「泳ぐのはその裏の川、ぜひ楽しんでください。」、「適当に泳いでください。」、「自由に遊んでください。」などの表現を用いて説明し、その際に参加学生の健康状態を確認することも、水泳経験や能力を具体的に確認することもなく、救命胴衣等の救命具の準備もしないまま、従前同様に水難事故は発生しないものと軽信・・・川への入水を指示したものである。このような甲の一連の指示、指導等は、本件プログラムの担当教員かつ引率責任者として参加学生の安全を確保すべき注意義務を怠ったものと評価せざるを得ない・・・甲は、参加学生が右岸に向かって遊泳を始める前に・・・本件現場指示において、前年度に参加学生が下流まで流されたことに言及した上で・・・川の危険性について一定の説明は行っている・・・しかし、・・・その余の被告Aの発言内容や・・・甲の説明の仕方や口調等を併せ考えれば、甲の上記説明は、参加学生に・・・川の危険性を伝えるに十分なものであったということはできず、これをもって参加学生の安全に配慮する措置を講じたものと評価することはできない。・・・以上によれば、甲には本件事故の発生に関する過失が認められる(なお、被告らも、甲の過失自体は基本的に争っていない。)。
福岡地判令和4年5月17日
としています。
ここでは、
- 河口付近は遊泳が危険視されていた場所であったこと
- 甲自身も抽象的にせよ危険性を認識していたこと
- 前年同じプログラムを実施した際、学生のみならず甲自身も下流に流されたこと
等の事情がありながら、
- 救命胴衣等の救命具を準備せずに
- 参加学生に十分な危険性の説明もおこなわなかった
ことなどから、参加学生の安全を確保すべき注意義務を怠ったとして、甲の過失を認定しています。
担当教員の個人責任について
上記のように、担当教員には、過失が認定されていることから、一般的には法的な責任を負うのが、原則とも思われます。
しかし、この事故では、大学の設置者が国立大学法人であることから、国立大学法人に国家賠償法の適用があるのかが問題となります。
そして、仮に国家賠償法の適用があるとすると、大学設置者の責任と担当教員の個人責任の関係が、国家賠償法上、問題となります。
このこともあり、裁判所は、担当教員の個人責任の有無の判断に際し、まず、
原告らは、主位的には、被告法人は本件事故の発生につき民法715条1項に基づく責任を負うから、甲個人も同法709条に基づく責任を負う旨を主張するのに対し、甲は、被告法人の責任については国賠法1条1項が適用される旨を主張して個人責任を争うので、以下において検討する。
福岡地判令和4年5月17日
とした上で、まず、大学設置者の国賠法1条1項の適用について検討を加えています。
この点について、裁判所は、
・・・国立大学法人は、国立大学法人法によって、大学の教育研究に対する国民の要請に応えるとともに、我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図るために設置された法人で・・・その成立時に国が有する国立大学の業務に関する権利義務を承継し・・・その役員及び職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない義務を負い(同法18条)、刑法その他の罰則の適用については法令により公務に従事する職員とみなされ(同法19条)、その業務に関して国から一定の関与を受けるものとされている(同法22条2項)。・・・これらの事実に鑑みれば、国立大学法人は、国賠法1条1項の「公共団体」に該当・・・教職員は、同項の「公務員」に該当する・・・から、被告法人は「公共団体」に該当し、その教職員である甲は「公務員」に該当することになる。
福岡地判令和4年5月17日
として、国立大学法人に国家賠償法の適用があることを認定しています。
その上で、教育活動が国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に該当するかについて、
・・・「公権力の行使」(国賠法1条1項)とは、国又は公共団体の作用のうち純然たる私経済作用及び同法2条の営造物の設置管理作用を除く全ての作用であり、国立大学における教育研究活動もこれに含まれるものと解され・・・甲の過失は・・・大学が開講している本件プログラムの担当教員としての職務を遂行する中で生じたものであるから、甲は、公権力の行使に当たる公務員として、その職務を行うについてAに損害を加えたものといえ・・・乙は・・・甲の過失について、国賠法1条1項に基づく賠償責任を負う
福岡地判令和4年5月17日
としています。
ここでは、公権力の行使の範囲について、通説的見解を述べた上で、大学設置者乙が、指導教員甲の過失について、国家賠償法1条1項の責任を負うとしています。
その上で、大学設置者が国家賠償法1条1項の責任を負う場合の担当教員の過失責任を担当教員個人が負うかについて、
・・・国又は公共団体が国賠法1条1項に基づく賠償責任を負う場合には、公務員個人はその責任を負うものではない(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁参照)・・・本件においては・・・乙が国賠法1条1項に基づく賠償責任を負うのであるから、甲は、被告法人とは別個に個人責任を負うものではない。
福岡地判令和4年5月17日
として、最高裁の判例にもとづき、甲の個人責任を否定しています。
国立大学の教育活動での事故の責任について
国立大学の場合、設置法人が国立大学法人となった後も、国立大学法人には国家賠償法の適用があります。
そこで、教育活動において、教員の過失により、事故が発生した場合、その過失に対する法的責任は、大学の設置者である国立大学法人が国家賠償法1条1項に基づく責任を負うこととなります。
そして、最判昭和30年4月19日の趣旨から、原則として、教員個人は法的責任を負わないこととなります。