一般の人にはなじみの薄い医局ですが、その医局への入局が取り消された場合、労働契約の内定取消しの効力が生じるのでしょうか。
ここでは、医局の採用権限が問題となった裁判例をみながら、医局への入局内定の法的意義、入局が取り消された場合の法的な効果を解説します。
目次
医局について
医師以外の者からすると、「医局」と言われてもよくわかりません。
どうやら、明確な定義は存在していないようなのですが、一般的には、大学(大学病院)の医学部における講座を意味するようです。
このように考えますと、大学の医学部以外の学部の研究室とあまり変わらないようにも考えられますが、他の学部の研究室より、大きな権限を有しているようにも思われます。
一般の人からは、よくわからない組織というのが一般的な感想ではないでしょうか。
医局への入局内定の労働契約法上の位置付けについて
このような医局への入局が内定した場合、法的にも労働契約が内定したと捉えることが出来るのでしょうか。
もし、医局への入局内定が、法的に労働契約としての内定と同視しうるのであれば、入局の取消しには、法的にも一定の制限が生じ、場合によっては、入局取消しが法的に違法と評価され、未払賃金、損害賠償などの問題が生じてきます。
尚、内定取消しについては、下記の記事で解説しています。
この入局内定の法的意義を考えるにあたり、以下、病院における医局の採用権限が争点となった裁判例をみてみます。
日々雇の医師の採用決定権が争点となった裁判例
事案の概要
医局の入局が問題となった裁判としては、国立大学の医学部附属病院に日々雇の医師として3年間雇用が継続していた医師が、本人が希望すれば労働契約が継続されるのが当然のこととされてきたにもかかわらず、科長の妨害行為により継続採用されなかったなどとして、当該医師が大学の設置者である国に対し、損害賠償を求めた事件があります(岐阜地裁昭和60年5月20日、名古屋高判昭和61年11月27日)があります。
1審の判断について
1審では、大学病院の人事採用手続きについて、次のように判示しています。
医員が・・・日々雇い入れられる非常勤の一般職員で・・・任命は、病院長の選考を経て学長によつてなされることは当事者間に争いのないところである。・・・文部省大臣官房長、文部省大学学術局長は、かねてから、医員の任命権者である附属病院を置く国立大学長に対して、医員の常勤化防止のためその任免については以下のような取扱いをすべきことを指示してきていることが認められ・・・特定の医員についてその採用の当初に定められた右更新期間が満了した場合・・・再度あらためて病院長の選考を経て医員として採用されるという方法を選ぶべきことはきわめて明らかで・・・更新期間の満了した医員が継続して採用されることを病院長に対して明示的に希望しさえすれば、当然に当該医員の継続採用が決定され、それに沿う辞令が交付されることになるという趣旨に帰着する原告の・・・主張は、もとより失当・・・
岐阜地裁昭和60年5月20日
・・・医員を採用するための行政的手順としては、採用すべき医員の給与等の支給に当てるべき予算措置をあらかじめ講じておくことが必要不可欠で・・・大学病院事務部においては・・・予算措置を講ずべく、まず、同年一月ころ、各診療科長に対し、当該各診療科が・・・年度任用期間について採用を予定している医員の氏名、員数の提示方を求め・・・科長であつた・・・は、「同科としては、当時同科所属の医員として勤務していた原告を含む四名の医員を継続して採用したい。このほか・・・を予定している。」旨の回答をした。・・・科長からの回答にかかる医員採用予定者数や・・・年度任用期間における各診療科ごとの医員採用実績を参考としながら・・・三月中旬ころまでに、同大学病院全体で採用の可能な・・・年度任用期間についての医員定員の確定をみるに至つた。そして、これを受けて・・・医員定員を各診療科に割り振ることを協議するための科長会議が開催され・・・席上、・・・科長は、「・・・科としては、原告を含む四名の現職医員の継続採用のほかに・・・定員として最低五名の枠が必要である。」旨強く主張・要求し、その結果、右科長会議においては、・・・年度任用期間についての・・・科所属医員の定員を五名とすることが諒承された。・・・各診療科ごとの医員定員についての決議が行われたため、同大学病院事務部は、医員制度が発足した・・・年から引き続き同大学病院においてとられてきている方法・手順・・・〈1〉・・・科長会議の決議があると、この数に見合う枚数の医員申請書用紙(この用紙は、医員として採用されることを希望する者がその氏名、勤務期間、勤務希望日等を記入し、そのうえで、同用紙上欄の「右の者を当該診療科所属の医員として採用したいので承認願います。」旨を記載した病院長宛の不動文字の上申部分に担当科長が署名・押印する形式となつている。)を各診療科長に対して配布する。〈2〉・・・医員採用希望者の記入すべき部分に当該希望者が所定の事項を記入し、ついで、右上申部分に担当科長が署名・押印・・・事務部に差し出すと、同部は、これらを取りまとめて、医員の選考権者である病院長に提出してその決裁(この決裁は、実際上きわめて形式的なものとなつていた。)を求める。〈3〉右決裁が終わると、当該医員採用希望者は病院長の選考を経てその採用が決定されたものとされ・・・学長名義の辞令発付手続が・・・すすめられる。・・・科においては、同月二五日ころ・・・任用期間についても同科所属の医員として採用されることを希望していた原告を含む四名の医員に対して同科長秘書を介して右医員申請書用紙が配布された。そこで、原告は、直ちに自己の記入すべき部分への所要事項の記入を了し・・・科長・・・に対して差し出した。・・・科長は、同月二六日、原告を同科長の研究室に呼び出し、・・・医局内規試案・・・についての原告の意見を糺し・・・支持する・・旨主張する原告に対し、その主張を撤回することを求めたが、原告は、これに強く反発し、その意見・主張を変える意向のないことを表明した。同科長は、このような原告の態度やそれまでの原告の勤務状況・・・に照らし・・・原告は、同科長が同科の業務を統括してゆくうえで好ましからざる人物であつて・・・原告が・・・同科所属の医員として採用されるようなことになれば、同科長としては、同科の業務を責任をもつて統轄して行くことが困難であると判断するに至つた。そこで、同科長は、原告に対し、「原告から同科長の手許に医員申請書が差し出されているけれども、自分は、病院長あての前記上申部分に担当科長として署名・押印する意向がない。」旨を告げ、そして、同科長は原告の右医員申請書を同大学病院事務部に提出しなかつた。・・・科長が同大学病院事務部に原告の医員申請書を提出しなかつたため、同部においては、原告の医員採用手続を進めるべきか否かの対応に苦慮し・・・科長と同大学病院長に対して原告の医員採用希望をどのように取り扱うべきかについて、その指示を求めた。これに対して、・・・科長が「原告を採用することは不適当と考える。」旨の意見を表明したため・・・病院長においても、「担当科長が原告を採用することに反対であるのならば、病院長としても原告の採用が適当であるとは判断できない。原告については、その採用手続を進めるには及ばない。」旨の意向・指示を伝え・・・事務部が原告の採用に関する事務的手続を進めなかつたため、原告は、・・・医員としての任期が満了して退職し・・・た。
・・・以上・・・の事実に徴すると、・・・大学病院においては、医員の選考等にあたつて、・・・医員選考権者たる同大学病院長は、個々の医員採用希望者を同大学病院の医員として採用するのが適当であるか否かの判断を・・・診療科の科長に事実上委ね、もつぱら右担当科長の意見・判断に依拠して医員の選考を行つていること・・・科長の意見・判断を確認する便宜上の方法として、まず、医員採用希望者がその医員申請書を担当科長に差し出し・・・科長において、当該医員採用希望者の採用が適当であると判断した場合に、右医員申請書上欄の前記上申部分に自己の署名・押印を施し・・・病院長に提出するという方法をとつていること・・・が認められ・・・大学の病院長は、医員申請書上欄の前記上申部分に担当科長の署名・押印が施されている医員申請書の提出を受けた場合に限り、当該申請人を医員として採用すべきことを決定している、と認めるのほかはない・・・本件においては・・・科長が原告に対してその医員申請書上欄の上申部分に署名・押印することを拒否したことは前記認定のとおりであるから・・・原告の採用が病院長の選考を経てすでに決定ずみであつたなどとはとうてい認められないことが明らかである。
・・・付言すると・・・大学病院のような比較的大規模な国立大学附属病院の医員採用にあたつて・・・病院長自らが把握するなどしてその選考を行うというようなことは、事実上不可能か又は少なくとも著しく困難で・・・診療科の業務の適正な運営という観点からする担当科長の裁量的判断・意見にもつぱら依拠して医員の選考を行うという医員選考方法は、必ずしも不合理ではなく、もとよりこの方法自体を目して違法・不当視することができないことは明らかである。もつとも、このような医員選考の方法がとられる場合には、当然のことながら担当科長の意見・判断が医員の採否を事実上決定することになるから、右意見・判断が恣意にわたるものであつてはならないことはもちろんである・・・
・・・原告を神経精神科所属の医員として採用するのは適当でないとした・・・科長の前記判断が、著しく不当であつて、担当科長の裁量の範囲を逸脱したものであるとまで断定するに足りるような証跡を発見することができない。・・・
と判示しています。
この裁判例は昭和50年代の事件であることから、現在とは相当事情は異なっているものと思われます。
しかし、この裁判例からしますと、当時でも、事実上、科長が採用選考をおこなっていたという事実はあったものの、法的には、採用決定者は病院長であり、医局に人事採用権限はないものとされていたようです。
控訴審の判断について
控訴審の判断について
上記の1審の判断に対し、原告は控訴しました。
その控訴審(名古屋高判昭和61年11月27日)においては、
・・・大学病院においては、医員の選考等にあたって、(一)制度上の医員選考権者たる同大学病院長は・・・採用するのが適当であるか否かの判断を・・・科長に事実上委ね、右担当科長の意見・判断を参考にして医員の選考を行っていること・・・(二)・・・科長の意見・判断を確認する便宜上の方法として、まず、医員採用希望者がその医員申請書を担当科長に差し出し、ついで、右提出を受けた担当科長において、当該医員採用希望者の採用が適当であると判断した場合に、右医員申請書上欄の前記上申部分に自己の署名・押印を施して、これを病院長に提出するという方法をとっていること・・・が認められ・・・科長とか科長会議とかに医員を選考したり、医員採用の内定をしたりする権限のないことについては、多言を要せず・・・医員申請書用紙の配布についても・・・医員採用のための申請用紙の配布にすぎないもので、これが医員採用のための選考結果の告知であるとか、採用内定の通知であるとかいえないことが明らか・・・
名古屋高判昭和61年11月27日
と判示しており、科長に採用権限がないことを明示しています。
入局内定が雇用契約の内定かが争点となった裁判例
事案の概要
医局の採用権限が争点となった近時の裁判例として、国立大学の医局への入局試験に合格した後に、医局の医局長から、医局への入局の内定を取り消す旨伝えられた医師が、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め提訴した事件があります(東京地判令和3年11月9日)。
この裁判では、医局への入局内定が、雇用契約の内定にあたり、入局内定取消しが、雇用契約の内定取消しとなるのかが、争点となりました。
裁判所の判断
医局の内定の位置付けについて、裁判所は次のように判示しています。
・・・本件医局は,会員相互の親睦をはかり,資質の向上に努め,関係活動および情報提供をなし・・・大学・・・科の発展に資することを目的とする私的な団体であること,被告は,組織図上本件医局を被告の一部門と位置付けていないことが認められる。・・・確かに,原告が・・・月から・・・月まで・・・病院,同年・・・月から・・・月まで・・・大学医学部附属病院に勤務と記載された人事表を交付されるなどしたことは,当事者間に争いがないが,本件医局が・・・病院の任命権者であるはずもないことからすれば,これはあっせんする就職先を提示したものと解するほかなく,本件医局が行っていることは飽くまでも就職の仲介,あっせんにとどまるものと認められる。また,前提事実によれば,本件内規において「大学助手postを提供する」などと定められていること,本件内規4項によって本件医局の医局員は,大学の諸設備,研究費を利用し得るという権利が与えられていること,本件医局の事務局が・・・大学医学部・・・科学教室内に置かれていることが認められるが,これらは本件医局が・・・大学・・・科の発展に資することを目的とする医師による私的な団体であるというその性格に基づくものといえ,これをもって,本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めることはできない。また・・・本件医局への入局の内定を通知する書面には,本件医局の医局長だけでなく・・・大学医学部・・・科の教授も連名となっていることが認められるが,同書面は,「・・・大学医学部附属病院専門研修プログラム」参加に関する書面も兼ねていることも認められることからすれば,これをもって,本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めることはできない。・・・本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めるに足りるものではない。・・・以上によれば,本件医局が被告と一体であって被告の一部門であると認めることはできず,本件医局への内定が被告との雇用契約の内定に当たるということもできない。
東京地判令和3年11月9日
この裁判例では、医局は、「会員相互の親睦をはかり,資質の向上に努め,関係活動および情報提供をなし・・・大学・・・科の発展に資することを目的とする」私的な団体であり、大学の組織ではないとされています。
しかしながら、医局に入局すると、就職先のあっせんを受けたり、大学の諸設備,研究費を利用する権利が与えられたり、更には大学の助手のポストを与えられたりすることもあります。
とくに、大学の組織ではない、私的な団体に入局すると、なぜ「大学の諸設備,研究費を利用する権利」が与えられるのか、疑問がないわけではありません。
しかしながら、労働契約の締結権限が医局にないという点は、国立大学という性質からすると妥当なものとも考えられます。
医局と大学病院の組織について
以上の2つの裁判からしますと、少なくとも国立大学においては、医局に採用権限はないものとされていることがわかります。
医局に採用権限がない以上、医局が決定する医局への入局を、大学病院との間の労働契約と同視することはできず、医局への入局取消しは、労働契約の内定取消しとはことなるものという結論が導かれることとなります。