相続人の残した遺言の内容を実現するため、遺言執行者が選任されることがあります。
ここでは、選任された遺言執行者が、いつ、誰に、何を通知する法的義務を負うかを、裁判例をみながら解説します。
遺言執行者について
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために必要な一定の行為をおこなう人です。
遺言で指定されたり、家庭裁判所により選任されたりします。
遺言の執行に必須というわけではありませんが、遺言執行者が置かれますと、相続人は遺産を勝手に処分することができなくなります。
尚、遺言執行者につきましては、下記の記事で解説しています。
遺言執行者の通知義務とは
遺言執行者は、任務を開始したときに、一定の通知義務を負います。
この通知義務に関しては、相続法(なお、「相続法」という名前の法律が存在するわけではなく、相続関連法規のこと、主に民法第5編「相続」の規定を「相続法」といいます。)の改正により、民法1007条2項に次のように規定されました。
(遺言執行者の任務の開始)
民法1007条2項
第千七条
(1項省略)
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
このように、遺言執行者は、任務を開始したとき、遺言の内容を相続人に対し通知する法的義務が課されます。
いつ通知する義務があるのか
上記のように、民法1007条2項により、遺言執行者は、遺言執行者の任務を開始したときに、通知をする義務があります。
具体的には、任務の開始とはいつのことを意味し、いつ通知する必要があるのでしょうか。
この点につきましては、相続法改正前の裁判例ではありますが、東京地判平成19年12月3日が参考になります。
この裁判は、遺言執行者が、相続人に対し、遺言執行者に就任したことの通知をする法的義務を負っているのかが争点となっています。
この争点について、裁判所は、
・・・現行法(注:改正前相続法)では,遺言執行者が就任後遅滞なく相続人に対してその旨を通知しなければならないとする規定は存在しない・・・したがって,一般的にいえば,遺言執行者は,相続人に対して,当然にこれらの通知をしなければならないものではない・・・ただ,いかなる場合にも遺言執行者が相続人に対してこれらの通知をしなくてよいかどうかは検討を要するところである・・・相続人が不測の損害や不利益を被ることがないよう・・・遺言執行者としての善管注意義務(民法1012条・・・項(注:現3項),同法645条)の一内容として,相続人に対し,遅滞なく遺言執行者に就任したことを通知するか,又は,相続財産に属する不動産の換価処分に先立って当該不動産を遺言により換価処分する旨を通知しなければならないというべきである。
東京地判平成19年12月3日
として、遺言執行者の善管注意義務の一内容として、遺言執行者に就任した旨の通知を相続人に対し行う法的義務を負うことがあることを判示しています。
この遺言執行者の善管注意義務の一内容としての法的義務は、相続法改正後も異ならないものと思われます。
したがいまして、上記裁判例からしますと、遺言執行者に就任した時点で、遅滞なく就任したことを通知する法的義務を負うケースが多いものと思われます。
誰に対し通知する義務を負うのか
上記のとおり、民法1007条2項では、「相続人に通知しなければならない」と規定されており、受遺者への通知については、触れられていません。
この点につきましては、相続人は、相続財産の管理義務を負うことから(民法918条1項参照)、代わって相続財産の管理の義務を負うことになる遺言執行者(民法1012条1項参照)の就任などについて、利害関係を有することとなります。
一方、受贈者はそのような相続財産の管理義務を負いません。
このようなことから、受贈者に対しては、通知の義務がないものとされています。
したがって、遺言執行者は、相続人に対してのみ通知をする法的義務を負うこととなります。
何を通知する義務を負うのか
上記のように、多くの場合、遺言執行者は、就任時に通知の義務を負っていることから、①遺言執行者に就任した事実について、通知する義務を負うことになります。
また、②民法1007条2項の条文から、遅滞なく「遺言の内容」を通知する義務を負うこととなります。
尚、「遅滞なく」通知する義務を負うこととの関係から、民法1007条2項では、遺言内容の概要についての通知が義務付けられていると考えられています。