労働災害、校内事故、商業トレッキングツアー事故などの損害賠償に関しては、安全配慮義務違反を債務不履行責任ととらえて損害賠償請求するケースと、不法行為として損害賠償請求をおこなうケースがあります。
後者のように、安全配慮義務違反を不法行為として損害賠償請求した裁判の判決をみますと、安全配慮義務と過失認定の際の注意義務との関係が必ずしも明確とはいえないものがあります。
そこで、ここでは、安全配慮義務の概要と法的位置付けについて触れた上で、判例をみながら、安全配慮義務と注意義務の相違について解説します。
安全配慮義務について
安全配慮義務とは、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」(最判昭和50年2月25日)とされています。
この安全配慮義務違反は、労働災害、学校事故、商業トレッキングツアーの事故の損害賠償などで問題となります。
この安全配慮義務の法律上の根拠としては、一般的には、民法1条2項の信義則に関する条文があげられますが、労働関係においては労働契約法5条に規定されています。
この安全配慮義務に基づく損害賠償請求に関しては、債務不履行責任(民法415条など)として請求されるケースが多いように思われます。
しかし、不法行為責任(民法709条、715条、国家賠償法1項1条など)として請求されることがあります。
ただし、後者の不法行為責任が主張された裁判の判決においては、安全配慮義務と注意義務の関係が明確ではないものが散見されます。
安全配慮義務違反を債務不履行とした場合の法律関係
ところで、安全配慮義務違反を債務不履行と構成する場合、関係者間の法律関係はどのように考えるのでしょうか。
この点につきましては、契約当事者がともに個人の場合は、単純に、当事者間の契約に関し、安全配慮義務を負う一方当事者が、その安全配慮義務を果たさないことが義務違反(債務不履行)となると考えることとなります。
しかし、安全配慮義務を負う一方当事者が法人組織などであった場合、法人は実際の行為をおこなうことができず、その使用者などが実際の行為をおこなうこととなります。
たとえば、学校法人が設立した小学校の遠足で生徒が事故にあった場合、実際に生徒を引率しているのは、当該学校法人に雇用されている教員ということとなります。
その場合、教員を学校法人の履行補助者と考え、その履行補助者の安全配慮義務違反行為について、使用者である学校法人が責任を負うと考えることとなります。
しかし、安全配慮義務を法人が安全配慮義務を負う場合は、
- 法人が使用するすべての労働者が安全配慮義務との関係で履行補助者になるわけではなく
- 履行補助者のすべての故意、過失が法人に帰責され、法人が安全配慮義務違反の責任を負うわけではない
と考えられています。
この点につきましては、国家賠償法1条1項の過失責任が問題となったケースですが、車への同乗を命じられた自衛隊員が、運転者の運転ミスにより生じた交通事故で死亡した事件の上告審である最判昭和58年5月27日においても、
国は・・・公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つている・・・右義務は、国が公務遂行に当たつて支配管理する人的及び物的環境から生じうべき危険の防止について信義則上負担するものであるから、国は、自衛隊員を自衛隊車両に公務の遂行として乗車させる場合には、右自衛隊員に対する安全配慮義務として、車両の整備を十全ならしめて車両自体から生ずべき危険を防止し、車両の運転者としてその任に適する技能を有する者を選任し、かつ、当該車両を運転する上で特に必要な安全上の注意を与えて車両の運行から生ずる危険を防止すべき義務を負うが、運転者において道路交通法その他の法令に基づいて当然に負うべきものとされる通常の注意義務は、右安全配慮義務の内容に含まれるものではなく、また、右安全配慮義務の履行補助者が右車両にみずから運転者として乗車する場合であつても、右履行補助者に運転者としての右のような運転上の注意義務違反があつたからといつて、国の安全配慮義務違反があつたものとすることはできないものというべきである。
最判昭和58年5月27日
として、この判決では、
- 安全配慮の義務の内容により履行補助者の範囲が定められ
- 安全配慮義務の履行に関するものだけが使用者の安全配慮義務責任の根拠となる
と二重の絞りが掛けられているとされています。
しかし、二重の絞りが掛けられることにより、安全配慮義務が問題となる場合、履行補助者の安全配慮義務違反行為により、使用者が安全配慮義務を怠ったという債務不履行責任を負うことになることから、履行補助者の債務不履行行為の内容と使用者の債務不履行責任の間には整合性があるといいえます。
安全配慮義務違反を不法行為責任とした場合の法律関係
次に、安全配慮義務違反を不法行為責任として損害賠償を求める場合について考えてみます。
たとえば、個人事業主が被用者(従業員)に対し安全配慮義務違反行為おこなった場合、その安全配慮義務違反は民法709条の注意義務違反とは必ずしも一致するものではないと考えることができそうです。
個人事業主は、被用者に対し、安全配慮義務以外の一般的な注意義務も負っていると考えられるからです。
たとえば、使用者が休みの日に自転車で被用者とすれちがった場合、自転車を被用者に接触しないよう注意する義務を負っていると考えられますが、この注意義務は、安全配慮義務とは関係ないものと考えられます。
一方、法人の安全配慮義務が問題となるケースでは、安全配慮義務違反行為をおこなった被用者は民法709条の過失責任を負い、法人は民法715条の使用者責任を負うこととなります。
その場合、安全配慮義務違反行為をおこなった被用者と、損害を被った従業員の間における、注意義務と安全配慮義務は一致しないものと考えられます。
この点に関連し、部活動で死亡した学生の遺族が大学設置者である学校法人に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をおこなった事件の上告審(最判平成4年10月6日)は、
右事実関係の下においては、上告人の被用者である前記執行部会議、教授会等の構成員たる職員は、原判示の具体的な作為義務を負うに至ったものであり、かつ、このような措置を採ることは上告人の事業の範囲に属するものと解されるから、上告人には民法七一五条一項に基づく責任があるというべきである。上告人の責任を肯定した原判決の判示中には、学校法人自身の在学契約上の義務と当該学校法人の被用者の不法行為法上の注意義務とを混同しているかのような部分があって、その説示において必ずしも適切でない憾みがあるが、以上の趣旨をいうものとしてこれを是認することができる。
最判平成4年10月6日
と判示しています。
この判決の
「学校法人自身の在学契約上の義務と当該学校法人の被用者の不法行為法上の注意義務とを混同しているかのような部分があって、その説示において必ずしも適切でない憾みがある」
とする部分の「学校法人自身の在学契約上の義務」とは、安全配慮義務をいうものと考えられます。
そうしますと、この判決は、安全配慮義務と被用者の注意義務は異なるものであることを前提としているといえそうです。
安全配慮義務と注意義務について
それでは、安全配慮義務と注意義務は、どのように異なるのでしょうか。
上記の自衛隊に関する最判昭和58年5月27日は、国家賠償法1条1項が問題となった裁判です。
この判決では、安全配慮義務に関して上記のように二重の絞りを掛けており、その二重の絞りのうち2番目の
「安全配慮義務の履行に関するものだけが使用者の安全配慮義務責任の根拠となる」
とする絞りから、被用者の過失のうち、一定の過失だけが、安全配慮義務との関係において過失と認定されうると考えることができます。
そうしますと、一般的な注意義務違反行為のうち、一部のものだけが安全配慮義務違反行為に該当するといえそうです。
このようにとらえますと、被用者の安全配慮義務は、被用者の注意義務に含まれると考えることができます。
裁判例などでは、「~(被用者には)安全配慮義務違反が認められる。したがって、注意義務違反により、過失が成立する。」という旨の判示が散見されるのは、このような理由からであると思われます。
尚、過失責任を認定するには、予見可能性、回避可能性が要求され、一般的には注意義務の水準の上限は、行為者の能力に影響を受けると考えられています。
このことを前提とし、さらに安全配慮義務が注意義務に含まれると考えますと、安全配慮義務の水準が被用者の能力に影響を受けることとなりかねず、法人が負うべき安全配慮義務の水準が低くなり、損害を被った人の保護に欠けるのではないかといった問題が生じかねないとの指摘もあります。
逆に、法人が負う高い安全配慮義務を被用者の注意義務とするのは、被用者に無理を強いるとの指摘もあります。
この点は、法理論的には難しい問題を含んでいるといえそうです。