国家賠償法はわずか6条からなる法律であることから、他の法律の規定の適用、あるいは他の法律の条文による補充が、特に民法との関係で問題となります。
ここでは、国家賠償法と民法の関係について規定している国家賠償法4条について、条文および判例をみながら解説をします。
目次
国家賠償法4条について
国家賠償法4条は、次のように規定されています。
第四条 国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。
国家賠償法4条
この国家賠償法4条には、
- 国家賠償法1条1項および2条1項の要件に該当しない国および公共団体の活動に対する損害賠償請求時に民法の規定を適用すること
- 国家賠償法1条および2条による損害賠償請求において、民法の技術的規定を補充的に適用すること
という2つの意味があるとされています。
尚、国家賠償法1条および2条の責任については、各々下記の記事で解説しています。
国、地方公共団体の活動への民法の適用について
上記の1の国、公共団体への損害賠償請求において民法の適用が検討されるケースとしては、
国あるいは公共団体の公務員の違法な職務遂行により損害が生じた場合でも、
- 国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に非該当 → 民法715条
- 国家賠償法2条1項の「公の営造物」に非該当 → 民法717条
の適用を各々検討していくこととなります。
国賠法請求時の民法の補充的適用について
国家賠償法は、わずか6条からなる法律であり、詳細な規定は設けられていらず、民法の諸規定を補充的に適用するものとしています。
この補充的な適用としては
- 民法のどのような規定が適用されるのか
- 民法の付属法規(自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます。)、明治三十二年法律第四十号(失火ノ責任ニ関スル法律)(以下「失火責任法」といいます。)など)の適用もありうるのか
が問題となりえます。
民法のどのような規定が適用されるのか
補充的に適用される民法の条文としては次のようなものがあります。
- 民法145条(時効の援用)
- 民法509条(不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
- 民法710条(財産以外の損害の賠償)
- 民法719条(共同不法行為者の責任)
- 民法722条(損害賠償の方法、中間利息の控除及び過失相殺)
- 民法724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
民法の付属法規の適用もありうるのか
自賠法の適用について
東京地判昭和44年4月16日では、
・・・被告・・・県は、自賠法三条所定の運行供用者として、また国家賠償法一条一項所定の地方公共団体として、原告らの蒙つた後記損害の賠償責任がある。同被告は、自動車の運行によつて他人の生命または身体を害したときでも、その運行が公権力の行使にあたる場合には、運行供用者に自賠法三条所定の責任を問うこと自体失当である旨主張するが、憲法一七条および国家賠償法一条一項の法意ならびに自賠法制定の経過と趣旨を併考すると右主張は独自の見解であつて採るを得ない。
東京地判昭和44年4月16日
として、国家賠償法1条1項の公権力の行使にあたる場合でも、自賠法の適用がありうることを明確にしています。
失火責任法の適用について
判例では、下記の最判平成元年3月28日にみられるように失火責任法の適用を認めています。
消防署職員の消火活動が不十分なため残り火が再燃して火災が発生した場合における公共団体の損害賠償責任について失火ノ責任ニ関スル法律の適用があることは、当裁判所の判例(最高裁昭和五二年(オ)第一三七九号同五三年七月一七日第二小法廷判決・民集三二巻五号一〇〇〇頁)とするところであり、いまこれを変更する必要はないというべきである。けだし、公権力の行使に当たる公務員のうち消防署職員の消火活動上の失火による公共団体の損害賠償責任について同法の適用を排除すべきものとする十分な理由を見いだし難いからである。
最判平成元年3月28日
しかし、同裁判における、伊藤裁判官の意見では、
私は・・・消防署職員の消火活動が不十分なために残り火が再燃して火災が発生した場合についても失火ノ責任ニ関スル法律(以下「失火責任法」という。)の適用があるとした点に同調することができない・・・多数意見の引用する判例は、「公権力の行使にあたる公務員の失火による国又は公共団体の損害賠償責任については、国家賠償法四条により失火責任法が適用され、当該公務員に重大な過失のあることを必要とする」と説示し、このことから直ちに、第一次出火の際の残り火が再燃して発生した火災による損害につき、第一次出火の消火活動に出動した消防署職員の重大な過失の有無を判断することなく、右消防署職員の属する地方公共団体の賠償責任を認めた原判決は違法である旨判示している。私は、消防署職員であってもその宿直の際に火を失し火災を発生させたような場合については失火責任法が適用されると考えるが、火災の消火活動に出動した消防署職員の消火活動が不十分なため残り火が再燃して火災が発生したような場合には、失火責任法にいう「失火」には当たらず、同法の適用はないと解するのが相当であり、右の判例は変更されるべきものと考える。失火責任法が失火者に重大な過失のある場合のほか民法七〇九条の適用を排除した理由は、(1) 失火者は自己の財産をも焼失してしまうのが普通であるから、各人がそれぞれ注意を怠らないことが通常であり、過失につき宥恕すべき場合が少なくないこと、(2) 我が国の家屋はおおむね木造であるから、市街地などで火を失したときは類焼によって莫大な損害を生じるので、すべての損害を失火者に負担させるのは余りにも酷であること、(3) 失火者に対して民事責任を問わない法慣習があったことなどである。いうまでもなく、消防署職員は消防の専門家で、既に出火があった場合に、専門家としての知識、経験、技能等を駆使して消火活動に当たることを職務上要求されているものであるから、その消火活動が不十分なため残り火が再燃して火災が発生したような場合は、文理上「失火」という概念に当たるということに無理があるのみならず、失火責任法の立法趣旨として挙げられる前記のような点を考慮して、地方公共団体の損害賠償責任を軽減すべき実質的な理由もないからである。なお、前記判例の立場に立ちつつ、消防署職員が消防の専門家であるとの事情は、重大な過失の有無の判断に当たり考慮すべきであるとの見解がある。しかし、当裁判所の判例は、失火責任法にいう「重大ナル過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかな注意さえすれば、たやすく違法有害の結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごすような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解しているところ(最高裁昭和二七年(オ)第八八四号同三二年七月九日第三小法廷判決・民集一一巻七号一二〇三頁)、消防署職員の消火活動についても失火責任法の適用があるとの立場に立ったときには、消火活動に当たった消防署職員に重大な過失があるとされる場合は皆無に等しい結果になると考えられるのであって、右の見解は、多数意見の引用する判例の立場を擁護する根拠として有力なものとは思われない。
最判平成元年3月28日 伊藤裁判官補足意見
とされているように、失火責任法の適用に関しては、争いがあります。