定年後再雇用時の賃金と定年前の賃金について

この記事で扱っている問題

高年齢者雇用安定法では、現在65歳までの高年齢者の雇用確保措置を義務付け(同法9条)、70歳までの高年齢者の就業確保措置を努力義務として定めています(同法10条の2)。
同条の規定もあり、60歳を定年とし、定年後再雇用制度を設け、定年後は有期労働契約を締結することにより高年齢者の雇用を確保する会社が現在も多いものと思われます。

一般的には、再雇用後の賃金は定年前より低額となりますが、再雇用時の賃金として、定年前賃金のどの程度の水準を確保すべきなのでしょうか。
定年後再雇用時の賃金の下限をどのように考えればよいのでしょうか。

近時、この点が争点のひとつとなっていた事件について最高裁の判断が示されてことから、ここでは、関連法令、判例とあわせて、当該判決をみてみます。

定年後再雇用時の賃金水準の問題点

一般的な正社員は無期雇用契約(期間の定めのない労働契約)を会社との間で締結していますが、この正社員の定年が65歳より前に定められている場合(現在でも60歳定年を規定している会社が多いものと思われます。)、高年齢者雇用安定法9条の規定もあり、多くの会社において期間制限のある再雇用制度(現時点では多くの会社において65歳まで)を設けています。
期間制限のある定年後再雇用制度を設けている会社においては、定年前に正社員である者については、定年前と定年後再雇用時の労働契約の形態が無期雇用と有期雇用と異なることとなります。
ところで、一般的には定年後再雇用時の賃金は定年前の賃金水準より相当程度低く設定されます。しかし、その差額のうち、一定額については、高年齢雇用継続基本給付金の支給があり(ただし、雇用保険の加入状況によります)、ある程度填補されることとなります。
しかし、その高年齢雇用継続基本給付金を考慮しても、実質的な収入は減少することに変わりはありません。
そこで、このように会社が定年後再雇用時の賃金を、定年前の賃金より少なくすることが許されるのかが問題となりえます。

上記のように、一般的には定年前と定年後再雇用時では労働契約の期間が無期から有期に変わることから、定年前後の賃金の相違は、労働契約の形態の相違による賃金格差の問題とも考えられます。
そうしますと、この問題は、無期雇用労働者と有期雇用労働者の間の不合理な待遇差を禁止する短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パートタイム・有期雇用労働法」といいます。)の8条~10条の問題ともなりえます。

(不合理な待遇の禁止)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。
(賃金)
第十条 事業主は、通常の労働者との均衡を考慮しつつ、その雇用する短時間・有期雇用労働者(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者を除く。次条第二項及び第十二条において同じ。)の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする。

パートタイム・有期雇用労働法8条~10条

尚、平成30年の労働契約法改正前、無期雇用と有期雇用労働者の間の不合理な待遇差の禁止については、労働契約法20条において下記のように規定されていました。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

平成30年改正前労働契約法20条

定年後再雇用の賃金には一般の有期雇用と異なる配慮が必要なのでしょうか

問題の所在

上記のように定年前後の賃金水準の相違は、労働契約の形態の相違による賃金格差の問題とも考えられ、有期雇用の定年後再雇用時の賃金の決定の際には、無期雇用労働者(正社員)賃金との間に不合理な待遇差がないようにしなければなりません。
このとき、不合理な待遇差であるか否かを考えるに際し、再雇用ではない一般の有期雇用労働者と異なる要素も考慮する必要があるのでしょうか。

最判平成30年6月1日について

この点については、定年退職後、期間の定めのある労働契約を会社との間に締結して就労していた者が、期間の定めのない労働契約を締結している従業員との間に、労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張して賃金差額の支払等を求めた訴訟の上告審において、最高裁判所が次のように判示しています(最判平成30年6月1日)。

・・・労働契約法20条は,有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)の労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)の労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される(最高裁平成28年(受)第2099号,第2100号同30年6月1日第二小法廷判決参照)・・・労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。・・・労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である(前掲最高裁第二小法廷判決参照)。・・・労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。・・・有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は,労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。・・・
・・・定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。・・・
・・・そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。
・・・有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきで・・・有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当で・・・ある賃金項目の有無及び内容が,他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ,そのような事情も,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。

最判平成30年6月1日

として、

  • 定年後再雇用であることは、労働契約法20条の「その他の事情」として考慮されること
  • 個々の賃金項目の相違が不合理なのかは当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものであること

などを判示しています。

定年後再雇用時の賃金が問題となった近時の裁判

事件の概要

この事件は、自動車学校運営会社を定年後再雇用され、同社との間で有期労働契約を締結していた従業員が、自らの再雇用後の賃金などの雇用条件と無期労働契約を締結している他の従業員(以下「正職員」といいます。)の間に、平成30年改正前の労働契約法(以下、平成30年改正前の労働契約法を単に「改正前労働契約法」といいます。)20条に違反するほどの労働条件の相違があると主張し、本来支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額の支払いなどを求めて訴訟提起したもので、上記の最判平成30年6月1日と類似した事案といえそうです。

1審および控訴審の判断

この事件の1審は、基本給に関し、下記のとおり定年退職時の60%を下回る部分については、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると判断しています(名古屋地判令和2年10月28日)。

上記の最判平成30年6月1日の類似事案であることから、1審は最判平成30年6月1日を引用した上で、

・・・原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時では,その職務内容及び変更範囲には相違がなかったものであり,本件において,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては,もっぱら,「その他の事情」として,原告らが被告を定年退職した後に有期労働契約により再雇用された嘱託職員であるとの点を考慮することになる。・・・
・・・原告らは,正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなかったにもかかわらず,原告らの嘱託職員としての基本給は,正職員定年退職時と比較して,50%以下に減額されており・・・
・・・原告らの正職員定年退職時の賃金は,賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であった中で,原告らの嘱託職員時の基本給は,それが労働契約に基づく労働の対償の中核であるにもかかわらず,正職員定年退職時の基本給を大きく下回るものとされており,そのため,原告らに比べて職務上の経験に劣り,基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回るばかりか,賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって,このような帰結は,労使自治が反映された結果でもない以上,嘱託職員の基本給が年功的性格を含まないこと,原告らが退職金を受給しており,要件を満たせば高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても,労働者の生活保障の観点からも看過し難い水準に達しているというべきで・・・労働者の生活保障という観点も踏まえ,嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である・・・

名古屋地判令和2年10月28日

そして、控訴審も1審の判断を支持しています。

この裁判例もあり、実務上、定年後再雇用時の賃金は定年前の60%を下限とすべきとも考えられていました。

最高裁の判断

1審被告である会社側からの上告受理申立に対し、最高裁は、次のように事実認定をしています(最判令和5年7月20日)。

・・・上告人と無期労働契約を締結して自動車教習所の教習指導員の業務に従事していた者(以下「正職員」という。)の賃金は、月給制であり、基本給、役付手当等で構成され・・・うち、基本給は一律給と功績給から成り、役付手当は主任以上の役職に就いている場合に支給するものとされ・・・正職員に対しては・・・年2回、賞与を支給するものとされ・・・正職員は、役職に就き、昇進することが想定されており、その定年は60歳であった・・・平成25年以降の5年間における基本給の平均額は、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者については、月額・・・万円前後で推移し・・・勤続年数が1年以上5年未満のもの(以下「勤続短期正職員」という。)については月額約・・・円から約・・・・円までの間で推移・・・勤続年数に応じて増加する傾向・・・30年以上のものについては月額約・・・円から約・・・円までの間で推移・・・平成27年の年末から令和元年の夏季までの間における賞与の平均額は、勤続短期正職員については、1回当たり約・・・円から約・・・円までの間で推移していた。
・・・高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項2号所定の継続雇用制度を導入しており、定年退職する正職員のうち希望する者については、期間を1年間とする有期労働契約を締結・・・更新し・・・原則・・・65歳まで再雇用することとし・・・上記・・の有期労働契約に基づき勤務する者(以下「嘱託職員」という。)の労働条件について、正職員に適用される就業規則等とは別に、嘱託規程を設け・・・賃金体系は勤務形態によりその都度決め、賃金額は経歴、年齢その他の実態を考慮して決める旨や、再雇用後は役職に就かない旨等が定められ・・・有期労働契約においては、勤務成績等を考慮して「臨時に支払う給与」(以下「嘱託職員一時金」という。)を支給することがある旨が定められていた。
被上告人X1 は・・・正職員として勤務し、主任の役職にあった平成・・・年・・・退職金の支給を受けて定年退職・・・定年退職後再雇用され・・・同・・・年・・・までの間、嘱託職員として教習指導員の業務に従事した。
被上告人X2は・・・正職員として勤務し、主任の役職にあった平成・・・年・・・退職金の支給を受けて定年退職・・・・再雇用され・・・令和・・・年・・・までの間、嘱託職員として教習指導員の業務に従事した。
・・・X1の基本給は、定年退職時には月額・・・円であったところ、再雇用後の1年間は月額・・・円、その後は月額・・・円で・・・被上告人X2の基本給は、定年退職時には月額・・・円であったところ、再雇用後の1年間は月額・・・円、その後は月額・・・円であった。
被上告人X1は、定年退職前の3年間において、1回当たり平均約・・・円の賞与の支給を受けていたところ、再雇用後、有期労働契約に基づき、正職員に対する賞与の支給と同時期に嘱託職員一時金の支給を受けており、その額は、平成・・・年の年末以降、1回当たり・・・円から・・・円までであった。被上告人X2は、定年退職前の3年間において、1回当たり平均約・・・円の賞与の支給を受けていたところ、再雇用後、上記と同様に嘱託職員一時金の支給を受けており、その額は、平成27年の年末以降、1回当たり・・・円から・・・円までであった。
被上告人らは、再雇用後、厚生年金保険法及び雇用保険法に基づき・・・老齢厚生年金及び高年齢雇用継続基本給付金を受給した。
被上告人X1は、平成・・・年・・・上告人に対し、自身の嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しを求める書面を送付し、同年・・・までの間、この点に関し、上告人との間で書面によるやり取りを行った。また・・・所属する労働組合の分会長として、平成・・・年・・・上告人に対し、嘱託職員と正職員との賃金の相違について回答を求める書面を送付した。

最判令和5年7月20日

このような事実認定をした後、最高裁は、次のように判断し、原審の基本給及び賞与に係る損害賠償請求に関する上告人(1審被告)敗訴部分を破棄し、原審に差し戻しています。
尚、上告審では、1審が結審し、1審の判決文が起案された(書かれた)後に言い渡しがなされた同種の事案である最判令和2年10月13日を下記のように引用しています。

間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したもので・・・労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである(最高裁令和元年(受)第1190号、第1191号同2年10月13日第三小法廷判決・民集74巻7号1901頁参照)。
以上を前提に、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について検討する。
・・・前記事実関係によれば、管理職以外の正職員のうち所定の資格の取得から1年以上勤務した者の基本給の額について、勤続年数による差異が大きいとまではいえないことから・・・正職員の基本給は・・・勤続給としての性質のみを有するということはできず・・・職務給としての性質をも有するものとみる余地がある。他方で、正職員については・・・長期雇用を前提として、役職に就き、昇進することが想定され・・・一部の正職員には役付手当が別途支給されていたものの、その支給額は明らかでないこと、正職員の基本給には功績給も含まれていることなどに照らすと・・・基本給は・・・職能給としての性質を有するものとみる余地もある。そして、前記事実関係からは、正職員に対して、上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない。
また・・・嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである。
・・・原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない。
・・・また、労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものと解される。前記事実関係によれば・・・原審は・・・労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。
・・・以上によれば、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
・・・賞与と嘱託職員一時金の金額が異なるという労働条件の相違について検討する・・・嘱託職員一時金は、正職員の賞与と異なる基準によってではあるが、同時期に支給されていたもので・・・正職員の賞与に代替するものと位置付けられていたということができるところ、原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない。
・・・・労働組合等との間で、嘱託職員としての労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたが、原審は、その結果に着目するにとどまり、その具体的な経緯を勘案していない。
このように、上記相違について、賞与及び嘱託職員一時金の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある。
・・・以上のとおり、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある・・・

最判令和5年7月20日

最判令和5年7月20日に関する考察

最判令和5年7月20日は、最判平成30年6月1日および最判令和2年10月13日を踏襲し、個々の賃金項目の相違が不合理なのかは当該賃金項目の趣旨を個別に具体的に考慮すべきものであることを示したものであり、その点では従前の判例と異なるものではありません。
定年後再雇用時の賃金が、定年前の賃金の60%を下回らなければ適法、あるいは60%を下回れば違法と必ずしも割り切れるものではないという点には留意が必要です。

賃金項目ごとの性質、支給目的、交渉経緯などを個別、具体的に判断する必要があることとなります。
その指針に関しては、実務的には、判例の集積を待つことと言えそうです。

しかし、この判決は平成30年改正前労働契約法20条に関する判決であり、平成30年労働契約法改正により、同条の趣旨は上記のとおりパートタイム・有期雇用労働法8条~10条に引き継がれることとなり、パートタイム・有期雇用労働法10条では、賃金に関し「職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案し、その賃金(通勤手当その他の厚生労働省令で定めるものを除く。)を決定するように努めるものとする・・・」と規定されていることから、同条に列挙されている事項を賃金決定に際し留意する必要があることはわかります。

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